万歳とは?

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ばん ざい [3] 【万歳】

〔「ばん」は漢音,「さい」は呉音
( 名 ) スル
「ばんざい 」を唱えること。また,唱えたくなるほどめでたいこと,嬉しいこと。 「 -を三唱する」 「この案が通れば-なのだが」
両手上げる形から〕 打開方法がないこと。困って,なるがままにまかせること。降参お手上げ。 「もう-するしかない
上げ両手が「ばんざい 」の形になることから〕 野球で,野手フライをとろうとして目測誤り,頭の上を越されること。
ばんぜい歳) 」に同じ。
( 感 )
めでたい時や嬉しい時,長久を祈る時などに唱える語。多く両手頭上に高く振り上げる動作を伴う。 「 -,出来たぞ」
[句]

ばん ぜい 【万歳】

漢音
いつまで生きること栄えること。めでたいこと。 「勝ちどきを作りて-の喜びをぞ唱へける/曽我 5
貴人の死。
長寿長久を願って,また,祝福していう語。感動詞的にも用いる。 「中納言再拝し-を称し/三代実録 元慶」 → ばんざい
[句]

まん ざい [3] 【万歳】

呉音
非常に長い年月万年。また,いつまで生きたり,栄えたりするよう祝う語。ばんぜい。ばんざい。 「とくわかに御-と君も栄えまします浄瑠璃千本桜
新年家々回り祝言を述べ,舞を見せ門付かどづけ芸能風折烏帽子(えぼし)大紋直垂ひたたれ姿の太夫(たゆう)が,大黒頭巾たっつけ袴の才蔵の鼓合わせて演ずる江戸時代千秋(せんず)歳より興り,三河万歳大和万歳尾張万歳秋田万歳などがある。 [季] 新年。 《 -や左右にひらいての蔭 /去来


万歳

読み方:バンゼイ(banzei)

めでたいという意のほか貴人の死の意もある。


万歳


ばんざい 【万(萬)歳】

万才とも書く。古くバンゼイ諸橋大漢和辞典』に次のように説明する。①よろずよ万年。②古、酒を飲めば必ず寿を上り、慶を称して歳という。上下通用して慶賀の辞としたが、のちには酒を飲まなくても、めでたい時には叫ぶようになった初め一私人にも用いていたものが、唐代からは主として天子に限られるようになった。③いつまで長寿。④祝すべき。めでたい。→

万歳

作者上田謙二

収載図書足音
出版社日本随筆家協会
刊行年月1993.8
シリーズ名純文学新鋭選書


万歳

作者井伏鱒二

収載図書井伏鱒二全集 第8巻
出版社筑摩書房
刊行年月1997.4


万歳

読み方:マンザイmanzai

正月門付け芸人各戸訪問して祝言を述べたてた物吉芸能のひとつ。歴史的にも名高く久しい勢力ふるった

季節 新年

分類 人事


万歳

読み方:バンザイbanzai

初演 万治1.1(江戸出羽守邸)


万歳

読み方:マンザイmanzai

分野 歌謡

年代 成立未詳

作者 作者未詳


万歳

読み方:バンサイ(bansai)

作者 川端康成

初出 大正14年

ジャンル 小説


萬歳

地名辞典では2006年8月時点の情報を掲載しています。

万歳

読み方
ながよ
ばんざい
ばんだい
まんざい
ばんざい

万歳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/11/23 13:25 UTC 版)

万歳
中国語
繁体字 萬歲
簡体字 万岁
朝鮮語
ハングル 만세
漢字 萬歲
ベトナム語
クオック・グー vạn tuế (漢越語)
muôn năm (固有語)
チュノム 𨷈𢆥 (Muon Nam (Chu Nom).svg) (固有語)
チュニョ 萬歲(漢越語)

万歳(旧字体:萬歳、ばんざい、ばんぜい)とは、喜びや祝いを表す動作などを指していう言葉。動作を表す場合は、「万歳」の語を発しつつ、両を上方に向けて伸ばす。また、より強調して、「万々歳(ばんばんざい)」と言われる場合もある。

成り立ち

天安門にある、「中華人民共和国万歳」と、「世界人民大団結万歳」のスローガン

元々は中国に於て使用される言葉で「千秋万歳」の後半を取ったもの。万歳は一万年で皇帝の寿命を示す言葉であり、皇帝に対して以外では使わない。諸侯の長寿を臣下が願うときは「千歳(せんざい)」を使っていた。代に専権を奮った宦官魏忠賢は自分の一党の者に「九千歳!」と唱和させていたという。

現代では朝鮮語では만세/萬歲と書き、韓国北朝鮮では「マンセーマンセ」、また中国語では萬歲(繁体字)・万岁(簡体字)と書き「ワンスイワンソェー(wànsùi)」と言う。ベトナム語では「vạn tuế/muôn năm」と書く。このように漢字圏で使われる言葉であるが、非漢字圏で同様の使い方をする言葉としては、ロシア語の「ウラー (ура/ura) 」がある[1][2]

日本における雅楽には、千秋楽と共に万歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられており、共に君主の長久を祝うめでたい曲とされている。芸能の万歳はここから出たものという。

日本における「万歳」

バンザイと発音するようになったのは大日本帝国憲法発布の日、1889年明治22年)2月11日青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の馬車に向かって万歳三唱したのが最初だという[3][4]。最初の三唱は「万歳、万歳、万々歳」と唱和するものであったが、最初の「万歳」で馬車の馬が驚いて立ち止まってしまい、そのため二声目の「万歳」は小声となり、三声目の「万々歳」は言えずじまいに終わった[5]

当初は文部大臣森有礼が発する語として「奉賀」を提案していたが、「連呼すると『ア・ホウガ(阿呆が)』と聞こえる」という理由から却下された。また、「万歳」として「マンザイ」と読む案もあった(それまでの奉祝の言葉としては「バンセイ」あるいは「バンゼー」)が、「マ」では「腹に力が入らない」とされたため、謡曲高砂の「千秋楽」の「千秋楽は民を撫で、萬歳楽(バンザイラク)には命を延ぶ」と合わせ、漢音呉音の混用を問わずに「万歳(バンザイ)」とした。

「天皇陛下万歳」は、天皇の永遠の健康、長寿を臣下が祈るものである。近年でも即位の礼や在位記念式典において公式に使われ、また皇居における一般参賀などの場面において、万歳三唱する市民も多い。

慣例として、衆議院解散時に議長より詔書が読み上げられ、解散が宣言されたとき、その瞬間失職した衆議院議員たちが「万歳!」と三唱する。この慣例の経緯は明らかではないが、衆議院議員たちが選挙戦に「突撃」してゆく気概を表しているとも、国事行為として衆議院を解散する天皇に対しての敬意とも言われている。また、万歳三唱をすると次の選挙で落ちないというジンクスもあるといわれる。ただ「失職するのに何が万歳なんだ」といって万歳三唱をしない議員もいる。

太平洋戦争大東亜戦争)中の日本軍兵士が連合国軍に対して、全滅(玉砕)を覚悟して行った突入攻撃は、「バンザイ突撃」と呼ばれる。敗色濃厚にも拘らず突撃を行った日本軍兵士の「バンザイ突撃」は連合国軍将兵に少なからぬ恐怖を与えたという(バンザイ・アタック)。このことから、英語banzai というと、本来の意味の他に「絶望的な(あるいは無謀な)試み」という意味もある。また、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国陸軍第442連隊戦闘団日系アメリカ人部隊)が、枢軸国軍に対する攻撃の際に「万歳」を掛け声に使用したと記録が残っている。このような欧米における「バンザイ」の認識は、21世紀になっても残っている。2014年(平成26年)11月には、日本銀行審議委員に対する欧米人記者の質問の中で、「英米の市場関係者の間では、追加緩和による事実上の国債全額買い取りという明確なマネタイゼーションと、増税延期という組合せをバンザイノミクスという国債暴落政策として懸念する見方も出ている」と、「バンザイノミクス」なる新語が示された[6]。この「バンザイノミクス」とは、第2次安倍内閣による経済政策の通称である「アベノミクス」に、バンザイ突撃の無謀さを掛けた造語とみられる。

1990年代には、万歳三唱令と題した偽書が官庁を中心に広まった。これは、明治時代に施行された太政官布告の体裁を取っており、「万歳三唱の細部実施要領」なる詳細な作法まで記述された文書である。しかし、そのような内容の太政官布告その他の法令が公布・施行された事実はなく、類似の法令や公式文書等もない。その内容から、ある程度公文書の形式に通じた人物が作成したものと考えられているが、なぜこのようなイタズラ文書が作成され、広まったのか、その作成者や作成の意図は不明である。

所作

万歳の所作・作法について、公式に定められた文書等は存在しない。前述の偽書『万歳三唱令』においては、足運びを含めてまことしやかな所作が定められているが、如何せん偽書であるため、この文書に書かれた所作が正式なものとは解されていない。

2010年(平成22年)には、木村太郎衆議院議員が内閣に対する質問主意書において、天皇陛下御在位二十年記念式典で行われた鳩山由紀夫内閣総理大臣の所作が「手のひらを天皇陛下側に向け、両腕も真っ直ぐに伸ばしておらず、いわゆる降参を意味するようなジェスチャーのように見られ、正式な万歳の作法とは違うように見受けられた。」と難じ、「日本国の総理大臣として、万歳の仕方をしっかりと身につけておくべきと考えるが、その作法をご存知なかったのか、伺いたい。」と問うた[7]。これに対して内閣は、「万歳三唱の所作については、公式に定められたものがあるとは承知していない。」と答弁している[7]

この質問主意書のように、「万歳の正しい姿勢」と目されるのは、先の偽書『万歳三唱令』に示されたところの「両腕から指までをまっすぐ上に伸ばし掌は内側」であるが、これが公式であるという典拠に欠くところもあり、共通認識として扱われていない[7]。この状況は、多くの公式行事で万歳三唱が行われた戦前においても同様で、たとえば、1940年(昭和15年)の大政翼賛会発足式における万歳の写真では、掌の向きは前であったり内側であったりと、まちまちな様子が見て取れる[8]

一方、歓喜の表現として古くから類似する所作は存在したが、それらも余り明確な決まりは無かったようである。たとえば、1927年(昭和2年)、田中義一内閣の成立が決定した際に、田中義一と政権与党の立憲政友会メンバーらが祝杯を挙げる場面の写真では、奥のほうには歓喜の表情の人物らが数名両手を挙げているものの、掌は手前を向いていたり握られていたりとまちまちである[9]

このように、正式な万歳の所作というようなものは、歴史的にも慣例上も定まっているとは言い難いが、おおむね「威勢よく両手を上げる動作」が万歳の所作と解されている[10]

その他

  • 万歳の際には両手を上げることから、俗に「お手上げ」という意味で降参のことを示す表現として用いられることがあり、より具体的には倒産破産を意味する隠語として用いられる(「バンザイする」=「降参する」「倒産する」「破産する」)。
  • 野球などで、落下予測地点を見誤ったまま両手を広げ、飛球の捕球体勢に入ったために落としてしまうことを俗に「バンザイ」と言う。
  • 松岡修造が出演しているフジテレビの料理番組は、「くいしん坊!万歳」ではなく、「くいしん坊!万才」である。
  • 長野県では、結婚式やOB会などのおめでたい行事での締めで行われている。またお返しの万歳をすることもある。

脚注

  1. ^ ウラー とは - コトバンク
  2. ^ ウラーとは (ウラーとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
  3. ^ 『明治事物起原』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  4. ^ 「万歳元祖争い」『新聞集成明治編年史. 第十二卷』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  5. ^ 若槻禮次郎『明治・大正・昭和政界秘史 -古風庵回顧録-』講談社学術文庫、26-27頁、若槻はこの時旗手として参加していた。
  6. ^ 日本銀行 (2014年11月13日). “宮尾審議委員記者会見要旨”. 講演・記者会見. http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2014/kk1411b.pdf 2014年11月16日閲覧。 
  7. ^ a b c 衆議院 (2010年2月12日). “質問名「天皇陛下御在位二十周年に関する質問主意書」の経過情報”. 質問答弁経過情報. http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/174070.htm 2014年11月16日閲覧。 
  8. ^ 『日本20世紀館』(小学館)ISBN 4-09-623011-1 P.423掲載
  9. ^ 『日本20世紀館』(小学館)ISBN 4-09-623011-1 P.336掲載
  10. ^ 小学館. デジタル大辞泉 

関連項目


萬歳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/02/09 13:41 UTC 版)

萬歳または万才(まんざい)とは、日本伝統芸能の一つである。新年の言祝ぎの話芸として全国で興り、漫才の元になった。地名を冠して区別することが多い。

形式

編成

萬歳は太夫(たゆう)と才蔵(さいぞう)の2人が1組となるものが基本となるが、門(かど)付けではなく座敷などで披露されるものは3人以上から、多いもので十数人の組となる。

扇・楽器

多くの萬歳は舞扇のような扇子を用いるが、三河萬歳中啓能楽で使う扇の一種で、閉じた状態を横から見た時に先が広がっている)を用いる場合が多い。

楽器について、基本は才蔵が持つ小だけだが、演目によりさらに三味線胡弓を加えたり、太鼓・三味線・拍子木を使用するものもある。越前萬歳加賀萬歳はすり太鼓(小太鼓を細い竹の撥で擦るように鳴らす)を用いる。

衣装

古くは舞楽の装束をまね、太夫は鳥兜(とりかぶと)をかぶっていたが、室町時代になると侍烏帽子(さむらいえぼし)をかぶり、素襖(すおう)に平(ひらばかま)姿に、才蔵は大黒頭巾風のものをかぶり、大袋を背負う格好が普通であったようである。また、室町時代中期に門付けが一般化してくると、その際に太夫は裁着袴(たつつけばかま)をはいた。江戸時代には三河出身の徳川家によって優遇された三河萬歳は、武士のように帯刀、大紋の直垂の着用が許された。各地に広まった萬歳は、後に歌舞伎などの要素を取り入れたりしたことによって、さらに衣装が多様化した。

歴史

起源

起源については定かではないが、奈良時代の「踏歌(とうか)」(踏歌は宮中などにおいて春を寿ぐ行事で、男踏歌の舞人が舞楽の「万春楽(ばんすらく)」を足を踏み鳴らすように舞う際には万春楽と囃し、女踏歌の時は千春楽(せんずらく)と囃した)より、変遷したものと考える説がある。また雅楽には君主の長久を祝うめでたい曲として、千秋楽と共に萬歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられていて、ここから千秋萬歳(せんずまんざい)となり、単に萬歳となったともいわれる。他にも、新年になると歳神が家々を訪れて寿福を授けるという民間信仰より来たものなどの説がある。これは、歳神に扮し自ら神の依代(よりしろ)となって祝福を与え歩いていたものが、やがて宮中に出入りするようになったというもので、豊年の秋を千回万回と迎えられるように長寿を祝う言葉の「千秋萬歳(せんしゅうばんぜい)」が名前の由来であるとする。

11世紀に当時の芸能や世相の一端を書き記した『新猿楽記』の「千秋万歳之酒祷(せんずまんざいのさかほがい)」という記述からも、平安時代頃すでに芸能として成立していったことが伺える。

変遷

千秋萬歳は平安時代の末期には貴族の間で毎年正月の慣習となっており、千秋萬歳法師が訪れ祝い言を述べ舞を舞った。貴族の衰退と入れ替わるように、武家が権力を持った鎌倉時代以降は、寺社や武家など権門勢家を訪れるようになり、室町時代になると、声聞師が千秋萬歳法師のかわりをするようになって、中頃には一般民家にも門付けしてまわるようになった。

伝播と拡大

大和奈良県)の萬歳が千秋萬歳として京の都で行われ、後に尾張萬歳三河萬歳へと伝わり、さらに全国各地に広まったものと思われるが、尾張萬歳、三河萬歳とも、伝承由来はこの通りとしていない。また越前萬歳(野大坪万歳)については、約1500年前の継体天皇にまつわる伝承を由来と主張するものもある。しかし江戸時代以降に伝わった地域の萬歳は、大体継承過程を明らかにしている。加賀萬歳は越前萬歳の流れを汲むものであるが、秋田萬歳会津萬歳などは三河萬歳からの派生であり、伊予萬歳は尾張萬歳の系統であるといわれる。

衰退と復興

明治時代に、さらに多くの地域に分かれて各地の名前を冠する萬歳が登場するようになったが、その多くは三河萬歳と尾張萬歳の系統であった。仏教色の濃い陰陽道の影響下にあった三河萬歳は、神道に変化して国家神道の政策の中で残っていき、大正時代の中頃まで萬歳の参内はあったようである。一方、尾張萬歳は娯楽性を高め、通年で興行として成立するものも現れた。こういった新しい尾張萬歳の中から漫才の基礎となる形のものも生み出された。また、正月に行われる従来の萬歳も、民間での門付は第二次世界大戦頃までは盛んであった。しかし多くの萬歳は第二次大戦後に衰退し、大和萬歳については継承が無く途絶えてしまった。

現在ある、各地の萬歳には継承者を捜し出して復興させたものが多いが、成立時期が古いとされる三河萬歳(愛知県安城市西尾市など)と越前萬歳(福井県越前市)が1995年平成7年)に、尾張萬歳(愛知県知多市)が1996年(平成8年)にそれぞれ国の重要無形民俗文化財に指定された。

全国の萬歳

主な萬歳

沖縄萬歳

沖縄県の高平良萬歳(たかでーらまんざい)は、一般的に組踊「万歳敵討」(まんざいてぃちうち)の一場面を抜き出した琉球舞踊の演目であって、この項目でいう萬歳とは異なる。本来の沖縄の萬歳は、首里郊外の安仁屋部落にいた萬歳行者(まんざいこーしー)が年のはじめに各家々の門に立ちよって祝言をとなえ人形を舞わせていたようであるが、大正時代には今帰仁などではすでに見受けられず、萬歳行者という言葉だけが伝えられていた。

関連書籍

しかたしん『ぼくと化け姉さん』(金の星社)- 主人公「ぼく」の親友が萬歳師の家系。






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