三省堂 大辞林 |
ばんざい 3 【万歳】
(1)「ばんざい
「―を三唱する」「この案が通れば―なのだが」
(2)〔両手を上げる形から〕打開の方法がないこと。困って、なるがままにまかせること。降参。お手上げ。
「もう―するしかない」
(3)〔上げた両手が「ばんざい
(4)「ばんぜい(万歳)」に同じ。
めでたい時や嬉しい時、長久を祈る時などに唱える語。多く、両手を頭上に高く振り上げる動作を伴う。
「―、出来たぞ」
» (成句)万歳の後
ばんぜい 【万歳】
(1)万年。長い年月。まんざい。
「天子宝算千秋―/平家(灌頂)」
(2)いつまでも生きること、栄えること。めでたいこと。
「勝ちどきを作りて―の喜びをぞ唱へける/曾我 5」
(3)貴人の死。
(4)長寿・長久を願って、また、祝福していう語。感動詞的にも用いる。
「中納言再拝し―を称し/三代実録(元慶六)」
→ばんざい
» (成句)万歳の後
まんざい 3 【万歳】
(1)非常に長い年月。万年。また、いつまでも生きたり、栄えたりするよう祝う語。ばんぜい。ばんざい。
「とくわかに御―と君も栄えまします/浄瑠璃・千本桜」
(2)新年に家々を回り祝言を述べ、舞を見せる門付(かどづけ)芸能。風折り烏帽子(えぼし)に大紋の直垂(ひたたれ)姿の太夫(たゆう)が、大黒頭巾にたっつけ袴の才蔵の鼓に合わせて演ずる。江戸時代に千秋(せんず)万歳より興り、三河万歳・大和万歳・尾張万歳・秋田万歳などがある。[季]新年。《―や左右にひらいて松の蔭/去来》
歴史民俗用語辞典 |
邦楽古典作品一覧 |
万歳(オランダ万歳)
| 作曲者 | 城志賀 |
| 曲名 | 万歳(オランダ万歳) |
| 曲名カナ | マンザイ(オランダマンザイ) |
| 作曲年 | |
| 楽器構成 | 歌、三弦、胡弓、箏(オランダ) |
| 楽曲編成 | |
| 演奏時間 | 9分3秒 |
| 楽譜 | |
| 音源 | |
| 委嘱 | |
| 演奏日 | 昭和58年6月2日 |
| 演奏者 | 歌・三弦 菊原初子、胡弓 須山知行、箏(オランダ)中島警子 |
| 備考 | 大和万歳歌より、市浦検校(箏オランダ)手付 |
| 作曲者カナ | ジョウシガ |
| 曲名コード | 14-a1 |
| サウンド | |
| イメージ | 準備中 |
| ∴ | ◎ |
万歳
| 作曲者 | 中能島検校 |
| 曲名 | 万歳 |
| 曲名カナ | マンザイ |
| 作曲年 | |
| 楽器構成 | 歌、箏、三弦 |
| 楽曲編成 | |
| 演奏時間 | 10分25秒 |
| 楽譜 | |
| 音源 | |
| 委嘱 | |
| 演奏日 | 昭和55年12月20日 |
| 演奏者 | 歌 二世高橋栄清他、歌・箏 高橋正子、箏 田宮豊栄他、三弦 坂川栄扇 |
| 備考 | 作詞者不詳 |
| 作曲者カナ | ナカノシマケンギョウ |
| 曲名コード | 53-b2 |
| サウンド | |
| イメージ | 準備中 |
| ∴ | ◎ |
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万歳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/12/23 11:49 UTC 版)
| 万歳 | |||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 中国語 | |||||||||||||||||||||||||
| 繁体字 | 萬歲 | ||||||||||||||||||||||||
| 簡体字 | 万岁 | ||||||||||||||||||||||||
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| 韓国語 / 朝鮮語 | |||||||||||||||||||||||||
| ハングル | 만세 | ||||||||||||||||||||||||
| 漢字 | 萬歲 | ||||||||||||||||||||||||
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| ベトナム語 | |||||||||||||||||||||||||
| クオック・グー | vạn tuế (漢越語) muôn năm (固有語) |
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| チュノム | 𨷈𢆥 ( |
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| チュニョ | 萬歲(漢越語) | ||||||||||||||||||||||||
万歳(旧字体:萬歳、ばんざい、ばんぜい)とは、喜びや祝いを表す動作などを指していう言葉。動作を表す場合は、「万歳」の語を発しつつ、両腕を上方に向けて伸ばす。また、より強調して、「万々歳(ばんばんざい)」と言われる場合もある。
目次 |
成り立ち
元々は中国に於て使用される言葉で「千秋万歳」の後半を取ったもの。万歳は一万年で皇帝の寿命を示す言葉であり、皇帝以外には使わない。諸侯の長寿を臣下が願うときは「千歳(せんざい)」を使っていた。明代に専権を奮った宦官・魏忠賢は自分の一党の者に「九千歳!」と唱和させていたという。また、朝鮮語では「マンセー、マンセ(만세; 萬歲)」、中国語では「ワンスイ、ワンソェー(wànsùi; 萬歲/万岁)」と言う。
雅楽には千秋楽と共に万歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられており、共に君主の長久を祝うめでたい曲とされている。芸能の万歳はここから出たものという。
日本における「万歳」
バンザイと発音するようになったのは大日本帝国憲法発布の日、1889年(明治22年)2月11日に青山練兵場での臨時観兵式に向かう明治天皇の馬車に向かって万歳三唱したのが最初だという。当初は文部大臣森有礼が発する語として「奉賀」を提案していたが、「連呼すると『ア・ホウガ(阿呆が)』と聞こえる」という理由から却下された。また、「万歳」として「マンザイ」と読む案もあった(それまでの奉祝の言葉としては「バンセイ」あるいは「バンゼー」)が、「マ」では「腹に力が入らない」とされたため、謡曲・高砂の「千秋楽」の「千秋楽は民を撫で、萬歳楽(バンザイラク)には命を延ぶ」と合わせ、漢音と呉音の混用を問わずに「万歳(バンザイ)」とした。最初の三唱は「万歳、万歳、万々歳」と唱和するものであったが、最初の「万歳」で馬車の馬が驚いて立ち止まってしまい、そのため二声目の「万歳」は小声となり、三声目の「万々歳」は言えずじまいに終わった。[1]
太平洋戦争(大東亜戦争)中の日本軍兵士が米軍に対して、全滅(玉砕)を覚悟して行った突入攻撃は、バンザイ突撃と呼ばれる。敗色濃厚にも拘らず突撃を行った日本軍兵士の「バンザイ突撃」は米軍将兵に少なからぬ恐怖を与えたという(バンザイ・アタック)。このことから、英語で banzai というと、本来の意味の他に「絶望的な(あるいは無謀な)試み」という意味もある。
また、第二次世界大戦中のアメリカ合衆国陸軍第442連隊戦闘団(日系アメリカ人部隊)が攻撃の際に「万歳」を掛け声に使用したと記録が残っている。
「天皇陛下万歳」はこのような歴史的経緯から軍国主義、戦争の象徴のような言葉と捉えられることもあるが、実際は天皇の永遠の健康、長寿を臣下が祈るものである。近年でも即位の礼や在位記念式典において公式に使われ、また皇居における一般参賀などの場面において万歳三唱する市民もいる。
慣例として、衆議院解散時に議長より詔書が読み上げられ、解散が宣言されたとき、その瞬間失職した議員たちが「万歳!」と三唱する。この慣例の経緯は明らかではないが、議員たちが選挙戦に「突撃」してゆく気概を表しているとも、国事行為として衆議院を解散する天皇に対しての敬意とも言われている。また、万歳三唱をすると次の選挙で落ちないというジンクスもあるといわれる。ただ「失職するのに何が万歳なんだ」といって万歳三唱をしない議員もいる。
なお、過去に一時期、万歳三唱令と題した文書が官庁を中心に広まったことがある。内容としては、万歳三唱の作法等について定めた太政官布告であるとされ、「施行 明治十二年四月一日太政官布告第百六十八号」などともっともらしいことが書かれている。しかし、そのような太政官布告は実際には存在せず偽物である。
マンセー
朝鮮語では、万歳をマンセーと発音する。近年、核開発や拉致問題で北朝鮮に関する報道が多くなり、北朝鮮メディアによる金正日関連の報道で「マンセー!」という掛け声を日本国内で良く耳にするようになったことから、2ちゃんねるなどインターネット上のコミュニティでは、皮肉の意味も込めて「万歳」を朝鮮語に倣って「マンセー」と発音・表記することが多い。
元来、朝鮮人が「万歳」と唱える習慣はなかった。日本統治下における「万歳」の唱和に倣ってのものである。日本敗戦のときに「マンセー」の唱和が街頭でなされたというのが、その証左である。
日本のインターネットスラングとしての「マンセー」の用法としては、色々問題がある事柄について、それらの問題に対し無批判に、絶賛する内容を記載することを示す。「マンセー」と言う対象を揶揄した用法が多いが、単純に日本語の万歳と同じ意味で「マンセー」と言っている場合もある。
前述でも説明した中国語の「ワンスイ、ワンソェー(wànsùi; 萬歲/万岁)」は日本人には発音が難しく聞き取りにくいこともあり、「マンセー」のように使われることはない。
その他
- 万歳の際には両手を上げることから、俗に「お手上げ」という意味で降参のことを示す表現として用いられることがあり、より具体的には倒産や破産を意味する隠語として用いられる(「バンザイする」=「降参する」「倒産する」「破産する」)。
- 野球などで、落下予測地点を見誤ったまま両手を広げ、飛球の捕球体勢に入ったために落としてしまうことを俗に「バンザイ」と言う。
- 松岡修造が出演しているフジテレビの料理番組は、「くいしん坊!万歳」ではなく、「くいしん坊!万才」である。
- 長野県では、結婚式やOB会などのおめでたい行事での締めで行われている。またお返しの万歳をすることもある。
脚注
関連項目
萬歳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/07 02:54 UTC 版)
萬歳または万才(まんざい)とは、日本の伝統芸能の一つである。新年の言祝ぎの話芸として全国で興り、漫才の元になった。地名を冠して区別することが多い。
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概要
編成
萬歳は太夫(たゆう)と才蔵(さいぞう)の2人が1組となるものが基本となるが、門(かど)付けではなく座敷などで披露されるものは3人以上から、多いもので十数人の組となる。
扇・楽器
多くの萬歳は舞扇のような扇子を用いるが、三河萬歳は中啓(能楽で使う扇の一種で、閉じた状態を横から見た時に先が広がっている)を用いる場合が多い。
楽器について、基本は才蔵が持つ小鼓だけだが、演目によりさらに三味線と胡弓を加えたり、太鼓・三味線・拍子木を使用するものもある。越前萬歳と加賀萬歳はすり太鼓(小太鼓を細い竹の撥で擦るように鳴らす)を用いる。
衣装
古くは舞楽の装束をまね、太夫は鳥兜(とりかぶと)をかぶっていたが、室町時代になると侍烏帽子(さむらいえぼし)をかぶり、素襖(すおう)に平袴(ひらばかま)姿に、才蔵は大黒頭巾風のものをかぶり、大袋を背負う格好が普通であったようである。また、室町時代中期に門付けが一般化してくると、その際に太夫は裁着袴(たつつけばかま)をはいた。江戸時代には三河出身の徳川家によって優遇された三河萬歳は、武士のように帯刀、大紋の直垂の着用が許された。各地に広まった萬歳は、後に能や歌舞伎などの要素を取り入れたりしたことによって、さらに衣装が多様化した。
歴史
起源
起源については定かではないが、奈良時代の「踏歌(とうか)」(踏歌は宮中などにおいて春を寿ぐ行事で、男踏歌の舞人が舞楽の「万春楽(ばんすらく)」を足を踏み鳴らすように舞う際には万春楽と囃し、女踏歌の時は千春楽(せんずらく)と囃した)より、変遷したものと考える説がある。また雅楽には君主の長久を祝うめでたい曲として、千秋楽と共に萬歳楽(まんざいらく)という曲が伝えられていて、ここから千秋萬歳(せんずまんざい)となり、単に萬歳となったともいわれる。他にも、新年になると歳神が家々を訪れて寿福を授けるという民間信仰より来たものなどの説がある。これは、歳神に扮し自ら神の依代(よりしろ)となって祝福を与え歩いていたものが、やがて宮中に出入りするようになったというもので、豊年の秋を千回万回と迎えられるように長寿を祝う言葉の「千秋萬歳(せんしゅうばんぜい)」が名前の由来であるとする。
11世紀に当時の芸能や世相の一端を書き記した『新猿楽記』の「千秋万歳之酒祷(せんずまんざいのさかほがい)」という記述からも、平安時代頃すでに芸能として成立していったことが伺える。
変遷
千秋萬歳は平安時代の末期には貴族の間で毎年正月の慣習となっており、千秋萬歳法師が訪れ祝い言を述べ舞を舞った。貴族の衰退と入れ替わるように、武家が権力を持った鎌倉時代以降は、寺社や武家など権門勢家を訪れるようになり、室町時代になると、声聞師が千秋萬歳法師のかわりをするようになって、中頃には一般民家にも門付けしてまわるようになった。
伝播と拡大
大和(奈良県)の萬歳が千秋萬歳として京の都で行われ、後に尾張萬歳、三河萬歳へと伝わり、さらに全国各地に広まったものと思われるが、尾張萬歳、三河萬歳とも、伝承由来はこの通りとしていない。また越前萬歳(野大坪万歳)については、約1500年前の継体天皇にまつわる伝承を由来と主張するものもある。しかし江戸時代以降に伝わった地域の萬歳は、大体継承過程を明らかにしている。加賀萬歳は越前萬歳の流れを汲むものであるが、秋田萬歳、会津萬歳などは三河萬歳からの派生であり、伊予萬歳は尾張萬歳の系統であるといわれる。
衰退と復興
明治時代に、さらに多くの地域に分かれて各地の名前を冠する萬歳が登場するようになったが、その多くは三河萬歳と尾張萬歳の系統であった。仏教色の濃い陰陽道の影響下にあった三河萬歳は、神道に変化して国家神道の政策の中で残っていき、大正時代の中頃まで萬歳の参内はあったようである。一方、尾張萬歳は娯楽性を高め、通年で興行として成立するものも現れた。こういった新しい尾張萬歳の中から漫才の基礎となる形のものも生み出された。また、正月に行われる従来の萬歳も、民間での門付は第二次世界大戦頃までは盛んであった。しかし多くの萬歳は第二次大戦後に衰退し、大和萬歳については継承が無く途絶えてしまった。
現在ある、各地の萬歳には継承者を捜し出して復興させたものが多いが、成立時期が古いとされる三河萬歳(愛知県安城市・西尾市など)と越前萬歳(福井県越前市)が1995年(平成7年)に、尾張萬歳(愛知県知多市)が1996年(平成8年)にそれぞれ国の重要無形民俗文化財に指定された。
全国の萬歳
主な萬歳
- 秋田萬歳(秋田県)
- 会津萬歳(福島県)
- 加賀萬歳(石川県)
- 越前萬歳(福井県) 国指定重要無形民俗文化財(1995年12月26日)
- 三河萬歳(愛知県) 国指定重要無形民俗文化財(1995年12月26日)
- 尾張萬歳(愛知県) 国指定重要無形民俗文化財(1996年12月20日)
- 伊勢萬歳(三重県)
- 大和萬歳(奈良県)
- 伊予萬歳(愛媛県)
沖縄萬歳
沖縄県の高平良萬歳(たかでーらまんざい)は、一般的に組踊「万歳敵討」(まんざいてぃちうち)の一場面を抜き出した琉球舞踊の演目であって、この項目でいう萬歳とは異なる。本来の沖縄の萬歳は、首里郊外の安仁屋部落にいた萬歳行者(まんざいこーしー)が年のはじめに各家々の門に立ちよって祝言をとなえ人形を舞わせていたようであるが、大正時代には今帰仁などではすでに見受けられず、萬歳行者という言葉だけが伝えられていた。
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