「一球さん」(6152)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/27 04:11 UTC 版)
「東京都交通局6000形電車 (軌道)」の記事における「「一球さん」(6152)」の解説
荒川線のワンマン化に伴い、残存する本形式は大半が廃車となったが、唯一6152のみが応急車として残された。この際に台車が初期型のD-10から、廃車車両(後述の通り6191とみられる)より流用したD-16に振り替えられたとされる。 当初は車内には工具などが置かれており、営業運転は行っていなかったが、1986年(昭和61年)にステップを改造、保安ブレーキと放送装置を新設して再度営業車として復帰した。 その後、1988年(昭和63年)には車体更新が行われた。この時の更新では、新たに補助電源装置である電動発電機(MG)を取り付け、室内灯を直管蛍光灯に変更。またドアエンジンを撤去し、車体塗装を1950年代の深緑と淡黄色に似せた「金太郎塗り」に塗り変えた上でイベント車両として運用された。 1993年(平成5年)3月6日に臨時検査が行われることとなり、一時運転が休止された。その頃の同車は所々で塗装が欠落し、黄色い下地が散見していた。同月20日、検査を終えた同車は再び営業運転に復帰した。この時に車体の修理・再塗装が行われ、塗色を従来の濃緑から黄緑に近い淡い緑に変更、室内灯も直管蛍光灯からカバー付きの輪形蛍光灯に変えられた。 1994年(平成6年)頃から、車体側面の車体番号の前に東京都のシンボルマークが入れられた。同年3月には電車無線が取り付けられ、扉脇に「93」という識別番号が記入(由来は「一球さん」の「きゅうさん」)されるなど、時代の流れに合わせて少しずつその状態を変えていった。 前照灯が1ヶ所であることから「一球さん」と呼ばれ、長く親しまれて運用されていたが、京福電気鉄道(現・えちぜん鉄道)の衝突事故(京福電気鉄道越前本線列車衝突事故を参照)後、ブレーキ系統が1系統しかないことが問題となった。また、改修する場合、その費用に3,000万円を要するとの試算が発表された。しかし、財政難の東京都にはその費用を負担できないため、2000年(平成12年)12月に休車となり、翌2001年(平成13年)12月に廃車となった。無線識別番号の「93」は、2015年に登場した8900形8903の識別番号として復活している。 廃車後、保存を求める声が多数寄せられたため、解体処分は行われなかった。しかし、同車を荒川車庫構内で静態保存する場合、改修費を含めて5,000万円を要するということが明らかになり、荒川車庫内での保存を断念(荒川車庫内での保存は2008年6月の6086号まで待つことになる)。その後、譲渡先をインターネットで公募し、複数の候補の中から選ばれたあらかわ遊園に2003年4月6日から静態保存された。 その後荒廃が進んだため、2007年(平成19年)に大規模な整備が行われた。その際、車両番号の書体が若干異なるものに変わっている。 東京都交通局は、本形式に代わるイベント車両として9000形を新造し、2007年5月27日から荒川線で営業運転を開始した。
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