芽殖孤虫
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 23:14 UTC 版)
生活環
成虫が得られていないため、生活環は不明である[5][6][7][8][9]。本症はサル、イヌ、ネコへの感染報告も知られている人畜共通感染症だが、いずれの場合も感染経路は明らかになっていない。本種はマンソン孤虫と近縁であると考えられるため、本種もヘビやカエル、鶏などの動物[注釈 2]の生食や、井戸水中に生息するケンミジンコ[注釈 3]に由来する可能性が考えられてきたが、いずれも実証はなされていない[6][8]。
具体的な生活環は依然として謎に包まれているものの、最近になって本種の生活史の解明につながり得る研究成果ももたらされている。Arrabal et al. (2020) はアルゼンチンのネコ科動物の轢死体から得られた条虫を、ミトコンドリアゲノムを用いた系統解析によって本種の成虫と同定し、ネコ科動物が本種の終宿主である可能性を提唱している[12]。また、Kikuchi et al. (2021) は Arrabal et al. (2020) の標本が本種と近縁な別種である可能性を指摘し、さらにゲノムの機能解析から本種が有性生殖によって生活環を完了する能力を喪失している可能性を示唆。本種が成虫段階を持たず、幼虫のみで存在する「真の孤虫」であるとする説を提唱している[5][9]。
分布
前述のとおり稀な寄生虫であり、記録は散発的である。うち、日本からの報告が最多で、国内から6例の症例が知られている。国外ではタイから3例、台湾から2例の報告があるほか、アメリカ、パラグアイ、ベネズエラ、レユニオン、中国、韓国などからの症例報告が記録されている[8]。
芽殖孤虫症
芽殖孤虫症(英:Proliferative sparganosis)は芽殖孤虫による寄生虫症である。本症はヒト以外の哺乳類への感染も確認されている人畜共通感染症である[6][8][12]。
症状
本症に関しては、虫体の寄生部位によって異なる病態が見られることが知られる[6]。Kikuchi & Maruyama (2020) はこの病態の差異を皮膚型(Cutaneous)と内部型(Internal)の二種に大別し、予後や虫体の形態などにも差異が見られることを報告している[8]。
皮膚型(Cutaneous proliferative sparganosis)
最初の症例報告である Ijima (1905) に代表される典型的な症状である。上述した18の症例のうち、8例が該当する[5]。感染は虫体の真皮への侵襲から始まり、共通する症状として皮膚病変が見られる。8例中3例では、皮膚の結節状の病変部位を掻いたり潰したりすることで虫体や被嚢を取り出すことができたとされる。8例中すくなくとも4例においては、感染進行に伴い腹腔、後腹膜、肺や脳など、全身のさまざまな部位への侵襲が見られ、8例中7例で患者が死亡した。発症時期が特定できた症例のうち、発症から診断までにかかった経過年数は最長で23年、中央値が7年で、一般に、発症から末期症状が見られるようになるまでにはある程度の時間がかかると見られる[8]。
内部型(Internal proliferative sparganosis)
上述した18の症例のうち、10例が該当し[8]、日本では青島 et al. (1989) が該当する。体壁または内臓に結節・腫瘤の形成が見られるが、皮膚病変は見られず、皮膚型とは相互に排他的な症状であると考えられる。共通する皮膚病変の不在を除けば、皮膚型と比べて臨床症状が多様であり、肺や脳への感染のほか、骨への侵襲を呈した症例もある。骨への感染は皮膚型では見られない内部型特有の症状であるとされ、10例中3例では骨病変のみが見られた。予後が不明の症例も多いが、患者の死亡が確認されているのは10例中3例である。内部型は記録されているすべての症例が1970年以降のものであるため、医用画像処理技術の発展が早期発見に繋がっていると考えられる。また、内部型においては虫体が卵状の形態を示すことが報告されている[8]。
診断
診断は近年まで虫体の形態にもとづいて行われてきたが、宿主体内で分裂による無性生殖を行う[注釈 4]円葉目条虫が本種と混同されてきたことが後年明らかになった事例[13]などもあり、形態による診断が困難な場合があることが指摘されている。また、本症患者血清がマンソン孤虫の抗体と反応したことで、一時的にマンソン孤虫症と診断された例[6]もあり、確実な診断には分子診断が必要であるとされる[8]。
治療
寄生部位ないし虫体を外科的に摘出することが有効な治療法であると考えられるが、感染が進行して全身に寄生が及んだ場合、この治療は現実的に可能なものではなくなる。駆虫薬の投与もほとんど有効ではなく、一般に予後は不良である[6][8]。
Kikuchi & Maruyama (2020) は表皮型1例、内部型1例の計2例の治療成功例を記録している。前者はボリビア、ブラジル、パラグアイを旅行したドイツ人男性の事例[14]で、診察時に摘出された未分岐の虫体がDNAシーケンスによって本種と同定されたものである。本症例は感染の初期段階における虫体摘出の有効性を示した例であると考えられるが、同定が確実ではない可能性も残されている。後者はタイからの報告[15]で、駆虫薬プラジカンテルによる治療の唯一の有効例とされている[8]。
注釈
出典
- ^ a b 田中 et al. 1967.
- ^ a b c d e f Stiles 1908.
- ^ a b 日本寄生虫学会 2018.
- ^ a b 吉田 1909.
- ^ a b c d e f g h i j k 宮崎大学 2021.
- ^ a b c d e f g h i j k l 青島 et al. 1989.
- ^ a b c d e f g h 小風 1995.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v Kikuchi & Maruyama 2020.
- ^ a b c d e f g h i j k l m Kikuchi et al. 2021.
- ^ a b c Ijima 1905.
- ^ a b de Noya, Torres & Noya 1992.
- ^ a b Arrabal et al. 2020.
- ^ Beaver & Rolon 1981.
- ^ Schauer et al. 2014.
- ^ Jirawattanasomkul & Noppakun 2000.
- ^ 碓居 1909.
- ^ Tashiro 1924.
- ^ Mueller & Strano 1974.
- ^ Moulinier et al. 1982.
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