背広
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/19 23:46 UTC 版)
- 男性用の上着で、折襟やテーラードカラーと呼ばれる襟を持ち、着丈が腰丈のもの。
- 上述の上着と共布のスラックスからなる一揃いのスーツのこと。スーツの場合は、ウェストコートやベストなどと呼ばれる共布のチョッキを加えるものもある[1][2][3]。
なお、日本語の「背広」は衰退傾向にあり、2015年(平成27年)の文化庁の『国語に関する世論調査』ではすでに「背広」を主に使うという人は19.8%にとどまり、「スーツ」を主に使うという人が68.2%であった。死語になりつつあると指摘されている[4]。
概説
- 名称の使い分け
単品の上着でもスーツの上着でも、単に背広やジャケットと呼ばれる。現在では様々なジャケットがあるため、テーラードジャケットやスポーツジャケットと呼ばれることもある。単品の上着のうち、金属ボタンなどの特徴を持つものはブレザーとも呼ばれる。乗馬用のハッキングジャケットや、狩猟用のシューティングジャケットなど、用途に応じた作りと呼び名のものもある。また背広の源流の1つとしてノーフォークジャケットが挙げられる。
上下揃いあるいは三つ揃いなど一組あるいは一連の服の揃いは、ラウンジスーツやサックスーツと呼ばれたが、現在では単にスーツと呼ばれる[1][5][6][7]。本来は、特に同じ生地で上下(ジャケットとスラックス)を仕立てたものをスーツと称した[8]
日本語の「背広」の語源
「背広」の語源については諸説ある。
1967年刊の日本国語大辞典では、漢字の「背広」は外国語の音を表すための当て字であるという説と、意味に由来する命名とする説があるが、前者の説が有力である[9]、と説明された。幕末から明治初期にかけて「セビロ」というカタカナ表記が見られるようになり、一般には明治20年(1887年)頃から用いられたとされる[9]。
語源については
- 英国ロンドンの高級紳士服店街「サヴィル・ロウ」(セビルロー)から変化したとする説[10][8][11][12][13]。
- 市民服を意味する「civil clothes」から変化したとする説[8][11][12]。
- 市民服を意味する「civil wear」から変化したとする説[14]。
- 「背部(背の布パーツ)が広い服」の意[8][11][14]。(紳士服の裁断された布パーツ群の中の背中部分の面積の大きさによる呼び分けだ、とする説については下の節で続きを説明。)
- 『背筋に縫い目がない[15]ところから「背広」と呼ばれた』と主張する説[12]。
- 「sack coat」の訳語で「ゆったりした上衣」の意。
- 紳士服に用いられる良質の羊毛・服地を意味する「シェビオット(Cheviot)」から変化したとする説。
- 『増訂華英通語』に「ベスト(上着)」の意で「背心」、「new waistcoat」として「新背心」など、紳士服の訳語に「背」の字が使用される(ただし、sack coatの訳にはみえない)ことに注目し、中国語に由来するとの説[16][17][18]。
など複数ある。
マナー
背広の上着のボタンは、立つときは閉じ、椅子に座るときは開けてもよい[注釈 1](国会審議でも答弁者は答弁に出向く時に前を閉じる)。近年はシングルブレストの場合、ピークドラペルは礼装用でビジネスでは着ない[19]ことが多い。1940年代以前は逆にピークドラペルも日常的に用いられていた。また、ダブルブレストの場合は礼装・普段着を問わずピークドラペルで作られることが一般的である。
上着がシングルブレスト2つボタンの場合は、上のボタンのみを掛け下のボタンを掛けず[注釈 2]、シングルブレスト3つボタンの場合は、真ん中のボタンのみを掛けることが推奨されており[注釈 3]、1番下のボタンは閉めることを前提としていない設計のものが多い。1930年代以前はボタン数によらずすべてのボタンが閉じることが可能なように設計されており[注釈 4]、近年でも同様の仕立てを行うテーラーもある。
シルエットを乱すため、ポケットには物を入れないことが推奨されている(ただし、テーラーによっては実用本位と捉えている場合もある。また、構造上は口に閂止めをほどこし、底を二重縫いにするなど、実用可能な縫製が行われている場合が多い)。
注釈
- ^ 仕立ての良い背広は、ボタンを閉じたまま座ると襟や胴回りに余分なシワが生じる。
- ^ 1950年代までには、シルエット上の理由で下のボタンを掛けないことが一般的になる。 参考:染葉秋宏「男子服独習書」主婦之友社 p.91
- ^ 中1つ掛け。上と真ん中を掛ける上2つ掛けもある。
- ^ 同時期の背広と詰襟の製図を比較した場合、打ち合わせの設計には差がみられない。
- ^ 具体例は枚挙にいとまがないが、たとえば『読売新聞』1932年7月3日夕刊においては「既製夏洋服」の値段表では背広三ツ揃と背広上下が区別されており、ツーピース販売されていたことがうかがえる。
- ^ たとえば、東亜洋服裁断師協会本部『裁断芸術 第1編』1930年では、米英の製図が日本のものと比較しながら紹介されている。また、当時の洋装研究社『テイラー』などでは米英仏独に留まらず北欧の例なども紹介されている。
- ^ 過渡期にあってはサスペンダー用のボタンおよび尾錠とベルトループの両方がつけられたものが多い。参考:遠藤政次郎『文化洋裁講座 第四巻』1935年 p.320
- ^ こうした処理自体は欧米においては古くから行われており、日本でも戦前からごく稀に行われることはあった。また、染葉秋宏『男子服独習書』1951年p.219の例にうかがえるように戦後の生地不足の時代にも例外的に行われることがあった。
- ^ これらの流行の変遷はスタイル社の『男子専科』、洋装研究社の『テイラー』や洋装社の『洋装』などを通じて把握することができる。
出典
- ^ a b 広辞苑 第5版
- ^ a b c d 日本大百科全書
- ^ a b 世界大百科事典
- ^ 「背広」は死語? 20代3割「知らない」、「せびれ?」の珍回答も…クールビズで消費も縮小 産経新聞 2018年8月26日閲覧
- ^ a b c 田中千代 『新・田中千代服飾辞典』 同文書院 1991年 ISBN 4-8103-0022-6
- ^ a b c 『ファッション辞典』文化出版局 2000年
- ^ リーダーズ英和辞典第2版
- ^ a b c d 日本大百科全書(ニッポニカ)『背広』 - コトバンク - 執筆:石山彰
- ^ a b 日本国語大辞典、第12巻(せさーたくん)、p.66、1976年4月15日発行、第1版第2刷、小学館
- ^ 広辞苑第六版
- ^ a b c デジタル大辞泉『背広』 - コトバンク
- ^ a b c 精選版 日本国語大辞典『背広』 - コトバンク
- ^ 「英国紳士道 移ろうかたち 変わらぬ矜持/規律が育てる審美眼」『日本経済新聞』朝刊2018年12月2日(10面、NIKKEI The STYLE)
- ^ a b 文化出版局『文化ファッション講座 男子服』1984年 p.92
- ^ 現代のスーツの背筋に縫い目はある。だが戦前期に多くの洋装に関する書籍を記した木村慶市の1932年の書物では、「古い時代の仕立てでは背中の中央の縫い目がない」と指摘し、「我が背広服の語源はモーニングの背の細く狭きに反し背広服の背は巾広き 以つて此名を附したること明かなり」木村慶市「英和洋装辞典」1932年、慶文社、p.245と主張した。
- ^ 精選版 日本国語大辞典(電子版)、2006年
- ^ 数え方単位辞典 「せびろ」の項
- ^ 増訂華英通語 首飾類 p.51(原本ではp.20)
- ^ 講談社発行、安積陽子著「NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草」106ページ、131ページ
- ^ a b 寺西千代子 『世界に通用する公式マナー プロトコールとは何か』 文春新書
- ^ 2019年7月27日中日新聞朝刊5面
- ^ 『読売新聞』1924年2月15日朝刊 p.4
- ^ 辻清『洋服店の経営虎の巻』1925年 p.187~196
- ^ 『読売新聞』1916年11月8日朝刊 p.5
- ^ 『読売新聞』1918年2月23日朝刊 p.5
- ^ 柴田和子『銀座の米田屋洋服店』1992年 p.47
- ^ 衣料品に点数切符制、一家年に百点(昭和17年1月20日 大阪毎日新聞)『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p124 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
- ^ 『読売新聞』1950年9月9日朝刊 p.4
- ^ a b アン・ホランダー著 中野香織訳『性とスーツ 現代衣服が形づくられるまで』白水社
- ^ a b c d ロバート・ロス著 半田雅博訳 『洋服を着る近代 帝国の思惑と民族の選択』 法政大学出版会
- ^ 『WATS IS SAPEUR? 貧しくとも世界一エレガントなコンゴの男たち』祥伝社
- ^ 高橋晴子 『近代日本の身装文化 「身体と装い」の文化変容』 三元社
- ^ 『環境省におけるクールビズ服装の可否』(PDF)(プレスリリース)環境省、2012年5月25日 。
- ^ 金森たかこ著 西出博子監修 『入社1年目ビジネスマナーの教科書』 プレジデント社
- ^ 『男性ファッションの「そもそもどうしたらいいのか?」がわかる 今日から使える 大人のオシャレ塾』 主婦の友社
- ^ 外務省 国際儀礼の基本講座 (PDF)
- ^ 第1章 ブランディング計画 p.38/48 - 沖縄県 (PDF)
- ^ a b 統計局
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