紫 紫の文化

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/11 00:42 UTC 版)

紫の文化

階級に関する文化

西洋

地中海周辺の地域では紀元前から貝が噴き出す液を使って赤紫に染めた服を身に着けた人々がいた[6]。古代エジプトのラムセス2世の頃の記録には紫染めの物の交易について述べたものがみられる[1]

カルタゴハンニバル、古代ローマのカエサルクレオパトラなどに好まれ、紫は次第に権威の象徴となった[6]

ローマ帝国
紀元前1600年から使用された染料貝紫色(英名:ロイヤルパープル)は、ローマ帝国などでは特権階級にふさわしい色とされた。ローマ帝国の全盛期には宮廷貴族以外の人間が紫を着用することが禁じられたこともあったという[1]
東ローマ帝国
「皇帝の子であること」を示す「ポルフュロゲネトス英語版ギリシア語版」 (: Πορφυρογέννητος)「紫の生れの者」の意)の紫も、当時希少で高価であった貝紫色から来ている。これはコンスタンティノープル大宮殿にあった「ポルフュラ(Πορφύρα, Porphyra)」という緋紫色の壁に覆われた皇后専用の産室に由来している。この産室で生まれた者だけが「ポルフュロゲネトス」の称号を付けて呼ばれ(皇帝の嫡出子であることを意味する)、この称号を持つ皇子・皇女は特別扱いされた[7]。この語は6世紀から使われていたとされるが、846年まで言葉が使用された例は見つかっていないのは確かである[8]
この語は英語の慣用句、"born in the purple"(王家(帝室)の生まれ)の語源ともなっている[9]

東洋

中国
古代中国の五行思想では正色(青、赤、黄、白、黒)を最上とし、中間色である紫はそれより下位の五間色に位置づけた。『論語』(陽貨篇)にある儒教の開祖孔子の言葉に「紫の朱を奪うを悪(にく)む」というものがある[1][10]。なお、『韓非子』には、斉の桓公が紫を好んだが、国中で紫が着られるようになったことを憂い、管仲に相談したところ「紫の臭いを悪む」として退けることを試みた結果、紫を着る者がいなくなったという逸話がある[1]。この逸話の紫に関して、紫草で染めた紫にも匂いがあるが、貝染は新しい状態だと特に臭いが強いため、当時の中国にも貝染めがあったのではないかとの見方もある[1]
紫に関する記述は『史記』などにはほとんどみられないが、『天官書』では太一(天帝)の位置する星座を「紫宮」のちに「紫微垣」と呼んでいる[1]。天帝の周りに紫の垣が設定されるという思想は、中国の古い民間信仰に、神仙説、仏教道教などが習合して形成されたと考えられている[1]。時代的に見て西方の紫色信仰が東西交流を通じて流入したとも考えられている[1]
南北朝時代に紫の地位は上昇し、五色の上に立つ高貴な色とされた。大業元年(605年)に服色に身分差を設けたとき、五品以上の高官に朱か紫の服を着せ[11]、6年(610年)には五品以上を紫だけにした[12]。高官だけでなく、道教の道士仏教僧侶の中の高徳者にも紫衣を許し、これが代にも継承された。
日本
日本では推古天皇16年(608年)に隋使裴世清を朝庭に迎えたとき、皇子・諸王・諸臣の衣服が「錦・紫・繍・織と五色の綾羅」であった、とするのが紫の初見である[13]。これより先、推古天皇11年(604年)制定の冠位十二階の最上位(大徳小徳)の冠が紫だったとする学説があるが、史料には記されず、確証はない[14]皇極天皇2年(643年)に蘇我蝦夷が私的に紫冠を子の入鹿に授けたことから、大臣の冠が紫であったことが知られる[15]大化3年(647年)の七色十三階冠以降の服色規定では、紫を深紫(または黒紫)と浅紫(または赤紫)の2色に分け、深紫(黒紫)をより高貴な色とした[16]。道教が正式に受容されなかった日本では、高徳の僧侶に対して紫衣が許された(紫衣事件を参照)。

風習

  • タイでは、未亡人が朝に紫の服を着る風習がある。未亡人が着る服という事でタブー視されていたが、現在はタイ王室の一人に紫好きがいたといった影響で、ほとんど気にされない[17]タイ太陽暦では曜日毎の色というものがあり、土曜日の色が紫である[18]
  • カナダの工学生には、新入生歓迎週(Frosh Week)などのイベントで細胞染色用のクリスタルバイオレット染料で上着と自らの全身の皮膚を染める伝統がある。

慣用句

  • purple prose - 読者の共感を得るために,感傷や悲哀感を誇張するなどした作品[19]
  • turn purple - 怒っている表現。
  • purple patch - 華麗な章句、幸運な時期の事[20]
  • purple-suiter - 英語圏の軍隊のスラングで、他の軍種と協同しての任務を行っている人員の事。アメリカ軍において、「パープル」は軍種を超えた「統合運用」を表す用語として用いられている[21]
  • Purple squirrel - 2000年から見られる語である[22]。直訳すると「紫の栗鼠」。求人業界で、資格・経験などの条件が完璧に一致したレアな人物の事をいう。
  • 紫の朱を奪う - まがいものが本物にとってかわり、その地位を奪うことのたとえ。似て非なるもののたとえ[23]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 高木豊. “海の紫”. 神陵文庫 第11巻. 財団法人三高自昭会. 2023年1月15日閲覧。
  2. ^ 『角川大字源』「紫」
  3. ^ 藥用植物圖像數據庫 - 記錄頁面
  4. ^ 小松英雄『日本語の歴史』 ISBN 4305702347
  5. ^ a b c d e f 山口さずか「色彩に関する言語研究」『東京女子大学言語文化研究』第18巻、東京女子大学、2010年、56-69頁、ISSN 0918-7766NAID 120006512182 
  6. ^ a b 澤田 忠信. “古代紫染料(6,6'-ジブロモインジゴ)の現代社会への蘇りを目指して”. 科学技術振興機構新技術説明会. 2023年1月15日閲覧。
  7. ^ 井上浩一『歴史学の慰め アンナ・コムネナの生涯と作品』(2020年 白水社) P13
  8. ^ "Porphyrogennetos" in Oxford Dictionary of Byzantium, Oxford University Press, New York & Oxford, 1991, p. 1701. ISBN 0195046528
  9. ^ Lane, Nick, Born to the Purple: the Story of Porphyria”. Scientific American (2002年12月16日). 2008年10月19日閲覧。
  10. ^ 『論語』陽貨第十七。ウィキソース論語/陽貨第十七
  11. ^ 『旧唐書』巻45・与服志。ウィキソース舊唐書/卷45
  12. ^ 『隋書』巻12・礼儀志7。ウィキソース『隋書』/卷12
  13. ^ 『日本書紀』巻第22、推古天皇16年8月壬子条。新編日本古典文学全集『日本書紀』2の558-559頁。
  14. ^ 冠位十二階については『日本書紀』巻第22、推古天皇11年12月壬申(5日)条。新編日本古典文学全集『日本書紀』2の540-543頁。紫とする学説をめぐっては、「冠位十二階#色」と、その脚注に記した文献を参照。
  15. ^ 『日本書紀』巻第24、皇極天皇2年10月壬子条。新編日本古典文学全集『日本書紀』3の76-77頁。
  16. ^ 『日本書紀』巻第25、大化3年是歳条。新編日本古典文学全集『日本書紀』3の166-167頁。これ以後、養老律令に至る位階と紫色の関係については、深紫浅紫の両記事を参照。
  17. ^ 平成19海外輸出環境現地調査報告 タイ編 農林水産省
  18. ^ タイにおける曜日毎の色と仏像外務省
  19. ^ purple prose(ランダムハウス英和大辞典-goo英和辞典)
  20. ^ purple patch(ランダムハウス英和大辞典-goo英和辞典)
  21. ^ Matthew A. Douglas; David Strutton (2009), “Going “purple”: Can military jointness principles provide a key to more successful integration at the marketing-manufacturing interface?”, Business Horizons 52 (3): 251-263, doi:10.1016/j.bushor.2009.01.004, ISSN 0007-6813 
  22. ^ “Sendouts.com Ad Capitalizes on Absentee President; Rodgers Townsend Has A Projected Winner with Its Topical Ad Campaign”. PR Newswire. (2000年11月13日). http://www.thefreelibrary.com/Sendouts.com+Ad+Capitalizes+on+Absentee+President.-a066896003 2016年6月10日閲覧。 
  23. ^ 紫の朱を奪う(コトバンク)





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