猿まわし
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/28 16:34 UTC 版)
他国の例
発掘された粘土板に書かれた楔形文字から4500年前のメソポタミア文明に猿回しが職業としてあったことがわかっている[1]。猿を使った芸は日本へは奈良時代に中国から伝わったとされている。昔から馬の守護神と考えられてきた猿を使った芸は、武家での厩舎の悪魔払いや厄病除けの祈祷の際に重宝され、初春の門付(予祝芸能)を司るものとして、御所や高家への出入りも許されていた。それが室町時代以降から徐々に宗教性を失い、猿の芸のみが独立して、季節に関係なく大道芸として普及していった。
中国では、猴戲、猴子戲のほか、馬の守護神と考えられたため馬留とも呼ばれ、遅くとも唐代から始まり、河南省新野県が発祥とされている[2]。
インドでは賤民が馬と共に猿を連れて芸を見せるという風習が有った[3]。
歴史
江戸時代には、全国各地の城下町や在方に存在し、「猿曳(猿引、猿牽)」「猿飼」「猿屋」などの呼称で呼ばれる猿まわし師の集団が存在し、地方や都市への巡業も行った。近世期の猿引の一部は賤視身分で、風俗統制や身分差別が敷かれることもあった。当時、猿まわし師は猿飼(さるかい)と呼ばれ、旅籠に泊まることが許されず、地方巡業の際はその土地の長吏や猿飼の家に泊まらなければならなかった[4]。新春の厩の禊ぎのために宮中に赴く者は大和もしくは京の者、幕府へは尾張、三河、遠江の者と決まっていた[5]。
猿まわしの本来の職掌は、牛馬舎とくに厩(うまや)の祈祷にあった。猿は馬や牛の病気を祓い、健康を守る力をもつとする信仰・思想があり、そのために猿まわしは猿を連れあるき、牛馬舎の前で舞わせたのである。大道や広場、各家の軒先で猿に芸をさせ、見物料を取ることは、そこから派生した芸能であった。[6]
明治以降は、多くの猿まわし師が転業を余儀なくされ、江戸・紀州・周防の3系統が残されて活動した。大正時代に東京で廻しているのは主に山口県熊毛郡の者だった[5]。昭和初期になると、猿まわしを営むのは、ほぼ山口県光市浅江高州地域のみとなり、この地域の芸人集団が全国に猿まわしの巡業を行なうようになった。
猿まわし師には「親方」と「子方」があり、子方は猿まわし芸を演じるのみで、調教は親方が行なっていた。
高州の猿まわしは、明治時代後半から大正時代にかけてもっとも盛んだったが、昭和に入ると徐々に衰え始める。職業としての厳しさ、「大道芸である猿まわしが道路交通法に違反している」ことによる警察の厳しい取締り、テキ屋の圧迫などから、昭和30年代(1955年 - 1964年)に猿まわしはいったん絶滅した[7]。
しかし、1970年に小沢昭一が消えゆく日本の放浪芸の調査中に光市の猿まわしと出合ったことをきっかけに、1978年(昭和53年)に周防猿まわしの会が猿まわしを復活させ、現在は再び人気芸能となっている。
動物福祉の問題
国際自然保護連合はレクリエーションに霊長類を使用することは動物福祉に反すると明言している。
「観光用の娯楽として利用される霊長類はすべて、乳幼児期に母親から引き離され、他の同類と暮らす機会を奪われている。母親から引き離された霊長類は、心理的・肉体的な苦痛を受ける」「芸をする霊長類や交流に使われる霊長類は、残酷な扱いを受ける」「『人間』の環境にいる霊長類の姿は、人々にそのような交流が肯定的で、安全で、無害であるという誤った情報を植え付ける」として、責任ある旅行者として、霊長類がエンターテイナーとして利用されていない観光活動や観光地を支援し、楽しむよう呼び掛けている[8]。
- ^ 小林登志子『文明の誕生 - メソポタミア、ローマ、そして日本へ』中央公論新社〈中公新書 2323〉、2015年6月。ISBN 978-4-12-102323-0。 [要ページ番号]
- ^ “即將消失的職業,耍猴藝人,行走在生存和道德的邊緣” (中国語). 2022年12月16日閲覧。
- ^ “〜「申」を食べる 〜 脳までも食べなさる千石正一 十二支動物を食べる 世界の生態文化誌ダイヤモンド・オンライン”. ダイヤモンド社. 2018年8月15日閲覧。
- ^ 猿飼について(Wayback Machine、2016年3月4日) - http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/tkburaku/history/sarukai.html
- ^ a b 『娯楽業者の群 : 社会研究』権田保之助著 実業之日本社 大正12
- ^ 筒井[2013:2][要ページ番号]
- ^ これは村﨑義正らの著書[要文献特定詳細情報]にある記述だが、1975年放送のテレビドラマ「猿の軍団」14話「猿の国もお正月」には、輪くぐりをしたり、自転車に乗る、日本猿らしき猿まわしの猿が「日常的な風景」として登場している。
- ^ “Responsible Primate-Watching for Tourists”. 20231031閲覧。
- ^ 『文楽浄瑠璃物語』竹本住太夫著 (正文館書店, 1943)
- ^ 『今日から役に立つ! 常識の「漢字力」3200』西東社、2016、p112
- ^ 『身分的周縁』塚田孝, 吉田伸之、部落問題研究所出版部, 1994, p129
- ^ 猿芝居『伯林の月 : 随筆』東郷実 著 (富山房, 1940)
- ^ 『国劇要覧』坪内博士記念演劇博物館編、梓書房、1932年
- ^ 『小沢昭一百景隨筆隨談選集: なぜか今宵もああ更けてゆく』晶文社、2004、p151
- 1 猿まわしとは
- 2 猿まわしの概要
- 3 猿回しが登場する作品
- 4 参考文献
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