核磁気共鳴分光法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/12 18:27 UTC 版)
概要
原子番号と質量数がともに偶数でない原子核は0でない核スピン量子数Iと磁気双極子モーメントを持ち、その原子は小さな磁石と見なすことができる。磁石に対して静磁場をかけると磁石は磁場ベクトルの周りを一定の周波数で歳差運動する。原子核も同様に磁気双極子モーメントが歳差運動を行なう。この原子核の磁気双極子モーメントの歳差運動の周波数はラーモア周波数と呼ばれる。この原子核に対してラーモア周波数と同じ周波数で回転する回転磁場(電磁波)をかけると磁場と原子核の間に共鳴が起こる。この共鳴現象が核磁気共鳴と呼ばれる。
磁場中に置かれた原子核はゼーマン効果によって磁場の強度に比例する、一定のエネルギー差を持った 2I+1個のエネルギー状態をとる。このエネルギー差はちょうど周波数がラーモア周波数の光子の持つエネルギーと一致する。そのため、共鳴時において電磁波の共鳴吸収あるいは放出が起こり、これにより共鳴現象を検知することができる。
被観測原子のラーモア周波数は同位体種と外部静磁場の強さでほぼ決まるが、同一同位体種の原子核でも試料中での各原子の磁気的環境によってわずかに異なり、そこから分子構造などについての情報が得られる。ひとつのNMRスペクトルで観測される周波数範囲は比較的狭く、一種類の同位体原子だけの試料中での状態を反映したものになる。つまりNMRは同位体種に選択的な測定法である。
分光法なので得られるデータは横軸が周波数で縦軸が強度のスペクトルとなる。しかし、ある原子の共鳴周波数は外部静磁場の強さに比例して変わり、その被観測原子固有の性質とはならない。だが、
(被観測原子のラーモア周波数−基準周波数)/(磁気回転比×外部静磁場強度)
で定義される化学シフトは被観測原子固有の値となるので、NMRスペクトルの横軸は化学シフトで表すのが一般的である。共鳴位置に現れるピークのことを単にピークまたはシグナル、信号と呼ぶ。
主に対象となる原子は水素または炭素(通常の12Cではなく核スピンを有する同位体13Cを測定する)であり、これらについては膨大な資料が存在する。水素原子を対象とするものを1H NMR(プロトンNMR)、炭素原子を対象とするものを13C NMR(カーボン・サーティーンNMR)と呼ぶ。他にそれ以外の元素についても核スピンを持ちさえすれば原理的には測定可能であり、現代の有機化学では最も多用される分析手法の一つである。例として水素のラーモア周波数は 42.58 MHz/Tで、窒素のラーモア周波数は 3.09 MHz/T である[1]。12Cや16Oは核スピンを持たないので検出できない[1]。有機化合物の同定や構造決定に極めて有用であり、NMRスペクトルを解釈して有機化合物の構造決定に結びつける技術や、その基礎となるNMRの原理についての多数の成書が出版されている[2][3][4][5]。また病理検査においてもその有用性が活用されつつあり、可搬式の機種が開発される[1][6][7][8]。
近年では永久磁石式だけでなく、超伝導磁石式でも卓上に設置できる機種が販売されている[9]。また、単結晶X線回折と並んで構造生物学のための強力な武器である。測定する核種の磁気回転比や天然存在比、電気四極子モーメント等の違いで感度や線幅が異なる。
注釈
出典
- ^ a b c Jim MacArthur, Electronic Instrument Design Laboratory, Harvard University (2011年6月9日). “Peering inside a portable, $200 cancer detector, part 1”. 2016年3月14日閲覧。
Jim MacArthur(ハーバード大学 電子機器設計研究所) (2011年11月29日). “NMR分光の応用で低コスト化に成功:ポータブルがん検出器に見る回路設計の指針”. EDN Japan. 2016年3月14日閲覧。 - ^ スリクター 1998.
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- ^ Silverstein & Webster 1999.
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- ^ Haun, Jered B.; Castro, Cesar M.; Wang, Rui; Peterson, Vanessa M.; Marinelli, Brett S.; Lee, Hakho; Weissleder, Ralph (2011). “Micro-NMR for Rapid Molecular Analysis of Human Tumor Samples”. Science Translational Medicine 3 (71): 71–16. doi:10.1126/scitranslmed.3002048. ISSN 1946-6234 .
- ^ “卓上に設置可能な世界最小、最軽量の高分解能NMR用分光計”. 製造技術データベースサイト イプロス製造業. 2016年4月16日閲覧。
- ^ Danieli, Ernesto; Perlo, Juan; Blümich, Bernhard; Casanova, Federico (2010). “Small Magnets for Portable NMR Spectrometers”. Angewandte Chemie International Edition 49 (24): 4133–4135. doi:10.1002/anie.201000221. ISSN 1521-3773.
- ^ Prachi Patel (2010年6月10日). “Palm-Size NMR”. MIT Technology Review. 2016年3月30日閲覧。
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- ^ “高温超伝導バルク磁石で4.7テスラの強磁場発生に成功”. つくば科学万博記念財団 (2011年5月). 2016年3月2日閲覧。
- ^ 高温超伝導を用いた次世代NMR装置の開発
- ^ (PDF) MR Experiments Using a Commercially-Available Software-Defined Radio
- ^ gr-MRI: A Software Package for Magnetic Resonance Imaging Using Software-Defined Radios
- ^ (PDF) Software Defined Radio (SDR) and Direct Digital Synthesizer(DDS) for NMR/MRI Instruments at Low-Field
- ^ (PDF) A single-board NMR spectrometer based on a software defined radio architecture
- ^ エルンスト, ボーデンハウゼン & ヴォーガン 2000.
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