核磁気共鳴分光法 測定方法

核磁気共鳴分光法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/12 18:27 UTC 版)

測定方法

NMRの測定は試料の性状や現象の検出方法、核スピンの励起の仕方、測定条件などにより多くのバリエーションが存在する。

溶液測定

通常の溶液測定では測定する化合物を溶媒に溶かし、溶液を無機ガラス製のNMRチューブに入れ、磁石内に設置されたプローブに入れて測定する。有機化学で一般に使われる溶媒にはプロトンが多量に含まれており、このような溶媒を使ってプロトン NMR を測定すると溶媒成分の信号が非常に強くなり、溶質信号の観測が非常に困難になる。そこでこの測定に用いる溶媒として、プロトンを重水素に置き換えた溶媒(重溶媒)を用いる。重溶媒の役割には重水素のNMR信号をロック信号として使うこともあるが、FT-NMR以前のCW-NMRでは水素を含まない四塩化炭素も溶媒としてよく用いられていた。これは、CW-NMRではほとんどの装置が磁場掃引型であり、測定時に磁場を変化させるため信号ロック自体が成立せず、ゆえにロックのための重水素も不必要だったからである。

溶液測定用装置で固体試料をそのまま測定した場合はほとんど信号は観測できず、固体試料測定には後述の固体NMR用の装置を使う。ただし食品や動植物など流動性成分を含む試料では信号が観測される場合もある。

固体NMR

測定する試料の溶解性が低いとき(高分子など)や固体状態での分子の動的挙動などを調べたいときに用いられる。基本的な原理は溶液でのNMRと変わらないが、溶液状態と異なり分子の回転運動等は束縛されているので、分子の向きによって異なる化学シフトを与えることで線幅が広がることが珍しくない。また、試料管を磁場方向に対し54.7度 () 傾けたマジック角で高速に回転することで、線幅を細くする方法もある(マジック角回転)。

また、固体NMRには、双極子相互作用、四極子相互作用など、溶液のNMRでは分子運動のために平均化されて見えなくなっている情報が含まれているため、それらを測定する目的で用いられることもある。

連続波法NMR

連続波法(continuous wave)NMR(CW-NMR)は初期に用いられた測定方法で、ある一定の磁場のもとで試料に電磁波を周波数を連続的に変化させながら当てていき吸収量を測定するか、または磁場を変化させながらある一定の周波数の電磁波を当て吸収量を測定する方法である。通常の電磁石を用いるならば磁場を変化させる方が周波数を変化させるよりも高精度でできるので、後者の方法が用いられた。

フーリエ変換NMR

フーリエ変換(Fourier transform)NMR(FT-NMR)は現在主流の測定方法である。線形応答理論によればインパルス応答関数のフーリエ変換は周波数応答関数を与える。周波数応答関数はある周波数の電磁波が吸収される程度を表す関数であるから、これはNMRスペクトルに他ならない。それゆえにインパルス(パルス状の電磁波)を試料に当ててすべての核を一斉に励起し、その結果生じる磁化ベクトルの変化、すなわち自由誘導減衰 (FID) を測定し、これをフーリエ変換することで NMR スペクトルを得ることができる。パルス磁場によりFIDが誘起されることはNMRの初期から分かっていたが、複雑なFIDから周波数情報を取り出すフーリエ変換の良い方法がなかったために分光法として用いられるようになったのはかなり後になってからである。FT-NMRではすべての周波数を同時に観測することができるため、測定時間が大幅に短縮された。また高速フーリエ変換のアルゴリズムの開発およびコンピューターハードウェアの発達によりフーリエ変換の計算時間も短縮され、二次元NMR測定のような膨大なデータを処理する必要のある測定も実用的となった。なお、CW-NMRは照射された電磁波の正味の吸収を測定しているのに対し、FT-NMRでは電磁波によって生成したスピンのコヒーレンスに伴う磁化を測定している違いがある。FT-NMRではさまざまなコヒーレンスを選択的に生成することによって特定の情報のみを抽出する多くの測定法が開発された。

二次元NMR

通常のNMRスペクトルは、化学シフトや周波数のような1つのパラメーターを表す1次元座標軸上に信号の位置と強度が示されるが、2つのパラメーターで表された2次元座標面上に信号の位置と強度が示されるような測定方法を二次元NMRという。2つのパラメーターの組み合わせの実例には、同一核種の化学シフト同士、異なる核種の化学シフト同士、化学シフトとスピン結合定数、化学シフトと緩和時間、化学シフトと自己拡散係数など様々なものがある[25]。具体的には「二次元NMR」の項目を参照のこと。また、項目「核磁気共鳴」の節「理論-二次元NMR」にも説明がある。

2つ以上のパラメーターで表された多次元座標上の信号を観測できる方法は多次元NMRという。通常のNMRを二次元NMRや多次元NMRと区別したい場合に、一次元NMRと呼ぶこともある。

パルスシークエンス

FT-NMR においてはパルスによってコヒーレンスを生成した後、さらにパルスを当てることによりコヒーレンスをその核と相互作用のある核に移動させることができる。これを利用して測定核のある相互作用だけを取り出したり、感度を増強したりすることが可能となる。これを実現する一連のパルスの組み合わせがパルスシークエンスである。著名なパルス・シークエンスにはアクロニムによる略号があり、それによって呼称されることが多い。

APT — attached proton test
13C-NMRにおいて各炭素に結合している水素の数を決定する。
INEPTinsensitive nuclei enhanced by polarization transfer
感度の良い核から感度の悪い核への分極移動で感度を向上させる。13C-NMRにおいて各炭素に結合している水素の数を決定する。
DEPTデプトdistorsionless enhancement by polarization transfer
感度の良い核から感度の悪い核への分極移動で感度を向上させる。INEPTの改良版。13C-NMRにおいて各炭素に結合している水素の数を決定する。
COSYコージーcorrelated spectroscopy
スピン結合している核同士を決定する2次元NMR。同種核の結合を決定するものと異種核の結合を決定するもの(HETCORとも呼ばれる)がある。
DQF-COSYdouble quantum filtered-COSY
二量子コヒーレンスを経由するシグナルのみを取り出すことでスピン結合のないシグナルを消去し、対角ピークの位相を吸収型にすることで対角線付近の交差ピークの検出を改善したCOSY。
HOHAHAhomonuclear Hartmann-Hahn spectroscopy
ハートマン・ハーン効果によりあるシグナルからスピン結合をたどってスピンネットワークを決定する
TOCSYトクシーtotal correlation spectroscopy
HOHAHAを応用した2次元NMR
NOESYノージーnuclear overhauser enhancement and Exchange spectroscopy
nOeを利用して近距離にある核同士を決定する2次元NMR。化学交換している核も決定できる。
ROESYロージーrotating overhauser enhancement and exchange spectroscopy
回転系でのnOeを利用するNOESYの一種。慣性系でのnOeが小さい中程度の分子量を持つ化合物のnOe測定に利用する。
HMQC — heteronuclear multi quantum correlation
感度の良い核から感度の悪い核への分極移動を利用して感度を向上した異種核COSY。
HSQC — heteronuclear single quantum correlation
HMQCと同様に感度の良い核から感度の悪い核への分極移動を利用して感度を向上した異種核COSY。
HMBC — heteronuclear multiple bond correlation
感度の良い核から感度の悪い核への分極移動を利用して感度を向上した異種核COSYで特にカップリング定数が小さい遠隔スピン結合をしている核同士のみを選択的に決定する。
INADEQUATEイナデクエイトincredible natural abandance double quaantum transfer experiment
同位体存在比の低い核のCOSYを測定する。
TROSYトロージーtransverse relaxation optimized spectroscopy
スピン結合で分裂したピークの中で緩和時間が長いピークのみを選択的に検出することで高分子のNMRの分解能を向上する手法。

低温NMR

非常に不安定で室温では壊れてしまうような分子については、液体窒素などを用いてマイナス数十度以下の低温で溶液 NMR の測定を行う。また、常温では一瞬で進行してしまう反応を低温で観測することにより、律速段階や反応次数などを知ることが可能になる。さらに、通常の温度では単一の化合物と見なされる化合物であっても低温での観測により互変異性体であることが分かる場合もあり、分子の構造をより詳しく知ることができる。ただし、測定する温度領域で液体である溶媒を用いないと低温にしたときに試料が凍ってしまうので注意が必要である。さらに、固体NMRではさらに低い温度領域での測定も可能であり、極低温領域では磁気共鳴温度計としての利用も可能である。


注釈

  1. ^ 特定の地域の天然ガスに極微量(1 %弱)含まれる[15]。主な産地はアメリカ、カタール、アルジェリア、ポーランド、ロシアであり日本では産出しない。またヘリウムは最先端の各種研究・開発には欠かせない戦略物資でもあるため採掘で先行したアメリカでは産出量が漸減傾向にあり政府放出も2020年には終了する予定である[16][17]

出典

  1. ^ a b c Jim MacArthur, Electronic Instrument Design Laboratory, Harvard University (2011年6月9日). “Peering inside a portable, $200 cancer detector, part 1”. 2016年3月14日閲覧。
    Jim MacArthur(ハーバード大学 電子機器設計研究所) (2011年11月29日). “NMR分光の応用で低コスト化に成功:ポータブルがん検出器に見る回路設計の指針”. EDN Japan. 2016年3月14日閲覧。
  2. ^ スリクター 1998.
  3. ^ 荒田 2000.
  4. ^ 阿久津 et al. 2003.
  5. ^ Silverstein & Webster 1999.
  6. ^ Shao H, Min C, Issadore D, Liong M, Yoon TJ, Weissleder R, Lee H. (2012). “Magnetic Nanoparticles and microNMR for Diagnostic Applications”. Theranostics 2 (1): 55-65. doi:10.7150/thno.3465. http://www.thno.org/v02p0055.htm. 
  7. ^ Issadore, David; Min, Changwook; Liong, Monty; Chung, Jaehoon; Weissleder, Ralph; Lee, Hakho (2011). “Miniature magnetic resonance system for point-of-care diagnostics”. Lab Chip 11 (13): 2282–2287. doi:10.1039/C1LC20177H. https://doi.org/10.1039/C1LC20177H. 
  8. ^ Haun, Jered B.; Castro, Cesar M.; Wang, Rui; Peterson, Vanessa M.; Marinelli, Brett S.; Lee, Hakho; Weissleder, Ralph (2011). “Micro-NMR for Rapid Molecular Analysis of Human Tumor Samples”. Science Translational Medicine 3 (71): 71–16. doi:10.1126/scitranslmed.3002048. ISSN 1946-6234. http://stm.sciencemag.org/content/3/71/71ra16. 
  9. ^ 卓上に設置可能な世界最小、最軽量の高分解能NMR用分光計”. 製造技術データベースサイト イプロス製造業. 2016年4月16日閲覧。
  10. ^ Danieli, Ernesto; Perlo, Juan; Blümich, Bernhard; Casanova, Federico (2010). “Small Magnets for Portable NMR Spectrometers”. Angewandte Chemie International Edition 49 (24): 4133–4135. doi:10.1002/anie.201000221. ISSN 1521-3773. 
  11. ^ Prachi Patel (2010年6月10日). “Palm-Size NMR”. MIT Technology Review. 2016年3月30日閲覧。
  12. ^ Jason Ford (2014年8月5日). “Engineers develop portable NMR spectrometers”. Centaur Communications Ltd. 2016年3月30日閲覧。
  13. ^ a b 化学便覧、9.4節、表9.54
  14. ^ a b 化学便覧、5.1.2節、表5.6
  15. ^ ヘリウム資源”. 高エネルギー加速器研究機構・共通研究施設低温工学センター. 2016年3月30日閲覧。
  16. ^ ヘリウムのつくられ方 Q. 3”. 日本産業・医療ガス協会. 2017年11月21日閲覧。
  17. ^ 三菱UFJリサーチ&コンサルティング (2014年3月). “天然ガスに関する調査 報告書” (pdf). 経済産業省. 2017年11月21日閲覧。
  18. ^ 仲村髙志 (2013年8月23日). “超伝導バルクを用いた NMR/MRI 応用”. 第 12 回 高温超電導バルク材 「夏の学校」 in 岩手. SlideShare. 2016年3月2日閲覧。
  19. ^ 高温超伝導バルク磁石で4.7テスラの強磁場発生に成功”. つくば科学万博記念財団 (2011年5月). 2016年3月2日閲覧。
  20. ^ 高温超伝導を用いた次世代NMR装置の開発
  21. ^ (PDF) MR Experiments Using a Commercially-Available Software-Defined Radio, http://www.vuiis.vanderbilt.edu:80/~grissowa/hasselwander_sdr.pdf 
  22. ^ gr-MRI: A Software Package for Magnetic Resonance Imaging Using Software-Defined Radios, http://www.opensourceimaging.org/project/gr-mri-a-software-package-for-magnetic-resonance-imaging-using-software-defined-radios/ 
  23. ^ (PDF) Software Defined Radio (SDR) and Direct Digital Synthesizer(DDS) for NMR/MRI Instruments at Low-Field, http://www.biomedsearch.com/attachments/00/24/28/75/24287540/sensors-13-16245.pdf 
  24. ^ (PDF) A single-board NMR spectrometer based on a software defined radio architecture, http://d1.ourdev.cn/bbs_upload782111/files_42/ourdev_657333WMUP1R.pdf 
  25. ^ エルンスト, ボーデンハウゼン & ヴォーガン 2000.






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