千葉中央バス 千葉中央バスの概要

千葉中央バス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/25 03:04 UTC 版)

千葉中央バス株式会社
Chiba Chuo Bus Co.,LTD.
種類 株式会社
本社所在地 日本
266-0011
千葉市緑区鎌取町273-4
設立 1935年12月31日
業種 陸運業
法人番号 7040001004824
事業内容 一般乗合旅客輸送事業、一般貸切旅客輸送事業、広告事業、土地建物の売買及び賃貸借事業、旅行業
代表者 代表取締役社長 新井 靖彦
資本金 1億円
純利益 ▲1億8756万7000円
(2023年3月期)[1]
総資産 25億7992万6000円
(2023年3月期)[1]
従業員数 259名(2022年3月現在)
主要株主 京成電鉄株式会社 100%
外部リンク http://www.chibachuobus.co.jp/
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概要

路線バスの営業エリアは千葉駅から大網駅にかけてのJR外房線沿線を中心に、市原市若葉区にも路線が乗り入れており、運行範囲は千葉市中央区・緑区・若葉区、市原市、大網白里市の3市3区に及ぶ。JR外房線と並行する大網街道にも多数の路線を走らせており、大網街道と外房線を東西方向の中心軸とし、そこから南北に放射状に路線が広がっている。

千葉市周辺が東京都心部のベッドタウンとして開発が進むとともに、千葉市・市原市のニュータウンであるおゆみ野ちはら台日本住宅公団)、あすみが丘東急不動産)などへ路線を広げていった。

1990年代末以降は道路網の充実により、各エリアから羽田空港へ向かう空港連絡バス、千葉駅から房総半島鴨川市)方面に向かう高速バス路線にも力を入れている。

沿革

木嶋義夫と千葉郊外自動車

千葉中央バスの前身は、千葉県議会議員(のち参議院議員)・木島義夫らによって設立された千葉郊外自動車という会社である。路線の歴史は、木嶋個人が大正時代末期から誉田を起点に、南の瀬又(現在の市原市)方面と西の野田(千葉市緑区誉田町一丁目の野田十文字付近)に向けて運行していた2つの路線に始まる。

木嶋はその後、積極的に路線の拡張を進め、昭和初期に誉田 - 野田線を鎌取へと延長したのち、1934年本千葉駅(現在の千葉中央駅の場所)への乗り入れを開始する。これには路線の重複する千葉市街自動車(京成バス千葉市街路線の前身)から大きな反発があったが、それを押し切っての延長であった。一方、瀬又側は、木嶋の郷里である国府里(現在の長柄町)を経て茂原方面に伸びていくこととなり、1935年に本千葉 - 誉田 - 東国吉 - 茂原という直通運転が開始された。これとともに同年、木嶋らによって千葉郊外自動車が設立され、以後同社の経営となった。千葉郊外自動車はこのほかにも、1939年の時点で潤井戸周辺、土気 - 大網間でも運行していたことが『千葉県史』[5] に記されている。

1944年には戦時下の交通統制の流れの中で、小湊鉄道バス部の前身である袖ヶ浦自動車に統合されることとなっていたが、直前に回避され独立経営が維持された。

戦後の復旧と東洋交通

本千葉駅を起点に運行していた千葉郊外自動車であったが、1948年から千葉駅を発着できるようになった[6]。その後、昭和20年代半ば頃までに、宅地化の進んだ蘇我駅東側の白旗地区への乗り入れ(千葉駅 - 星久喜台 - 今井町(現・白旗)線)、茂原から上市場・国吉方面(正確な終点が不明)路線の開通、千葉 - 大網間の直通運転を開始するなどし、さらに千葉 - 茂原間の運行も復旧した。

新規区間の開通や休止路線の復旧だけでなく、千葉駅を発着できるようになったこと、市街地が仁戸名・白旗方面にも拡大したことを背景に、千葉市側での運行回数が増えることとなった。こうしたことを受け、千葉郊外自動車は1953年に千葉市の中心部に近い長洲に本社を移転して社名を東洋交通に改めた。

千葉市側での路線拡大

長洲に本拠ができたことで千葉市側での路線拡張が急速に進んだ。昭和20年代末から昭和30年代初頭にかけていずれも千葉駅を起点に、下総療養所線、今井町(白旗)経由の川鉄線、大宮町方面に至る坊谷津線、大巌寺・大森方面へ運行する大巌寺線、辺田を経て平山に至る平山終点線、鎌取の都職員保養施設に至る生浜荘線が開通した。

一方、本線の大網街道上では、この時期千葉駅 - 千葉寺、千葉駅 - 松ヶ丘、千葉駅 - 療養所(現・千葉東病院)など、比較的短距離で折り返す便が多かった。

また時期不明だが、誉田駅から高田方面、および誉田駅・土気駅から中野方面に向かう線も開通し、最盛期にはそれぞれ野呂、本郷台まで足を伸ばしていた。前述の坊谷津線と平山(終点)線も、のちに宮田まで延長運行されている。このように、この時代には大網街道側から東金街道に至り、京成の停留所と接する路線が複数存在した。

大宮団地乗り入れと京成グループ加入

1963年には大宮団地(現:千葉市若葉区)の入居が本格的に始まった。これを受け、東洋交通は大網街道経由で千葉駅 - 大宮団地間の輸送を開始したが、団地の人口は予想を上回るペースで増え、入居開始数年で輸送量が限界に達したため、1966年には京成電鉄(現:京成バス)と共同で団地の北側を走る東金街道経由の新路線を開設した。

この時期に東洋交通は当時東京都北区に本社を置いていた東都自動車グループの傘下にあった。当時、東都自動車の社長であった宮本市郎(現会長)が木嶋から買収したもので、その後、親交のあった小佐野賢治国際興業創業者)の仲介で、東洋交通を京成グループに売却したことを東都自動車の社史に記している。廃止された旧本社営業所や誉田営業所の改築、鎌取車庫の用地買収などは宮本が手がけたものである。1969年京成電鉄の子会社となると、大宮団地のバス輸送は東洋交通に全面移管されることになり、京成の坊谷津線(千城局経由)も譲渡のうえ大宮団地へ延長された。こうして現行路線の基礎となる3系統のネットワークができあがった。

また昭和30年代末から40年代にかけて、向台線(千葉駅 - 末広街道 - 向台)、松ヶ丘線(千葉駅 - 矢作 - 蘇我駅東口)、市役所線(千葉駅 - 市役所)なども運行を開始し、小湊鉄道との競合や共同運行が増えるようになった。

大網街道上ではこの頃、千葉駅 - 療養所などの短距離系統が整理され、新たに千葉駅 - 鎌取車庫(現:鎌取インター)系統が運行を開始している。また、千葉郊外自動車時代から続いた千葉駅 - 茂原駅線は1971年限りで直通運行を終了し、誉田駅 - 茂原駅間に短縮された。

千葉中央バスの成立と郊外住宅路線

1970年代から1980年代頃に使用された車両(いすゞ・BU

1974年、東洋交通は同じ京成系列のブルーバス(水郷観光交通の貸切部門)と合併し、千葉中央バスとなった。

昭和50年代に入ると、現在の千葉市緑区の各地で新しい住宅地の造成が相次いだ。これに伴いまずは大椎台団地への乗り入れが行われ、続いて1980年頃に千葉東角栄団地(現:越智はなみずき台)、1984年に千葉・市原ニュータウン(おゆみ野)、1988年あすみが丘への路線がそれぞれ開設された。

平成に入ってからも団地路線の拡張が続き、1989年には京成電鉄と共同で都賀線(都賀駅 - 大宮市民の森)が、1990年には小湊鉄道と共同で八幡原団地線(茂原駅 - 八幡原団地)が新設されている。また、緑区側のニュータウン路線は宅地造成の進行に応じて順次延長され、千葉・市原ニュータウン線はちはら台へ、あすみが丘線はあすみが丘南方面へ運行されるようになった。

路線の再編成

一方、外房線の本数が増加したことで、これと競合する大網街道の路線では乗客の鉄道への転移が起こり、特に千葉駅からの通し利用者が減少した。これに伴い路線の再編成を実施し、平山線、千葉・市原ニュータウン線のほとんどは鎌取駅、角栄団地線は誉田駅起点に変更、千葉 - 大網間の直通運転は土休日の1往復を残して運行終了した。

市街地側では、JR京葉線の開通で蘇我駅の利用価値が上がり、さらに1992年には千葉急行線(現在の京成千原線)が開通したため、千葉駅だけでなくこれらの鉄道に接続する路線の必要性が高まった。これとともに、大森台駅周辺や蘇我駅に近い白旗地区では千葉駅に接続するバスの利用者が減少した。一方、青葉の森公園周辺に住宅地の造成が進み、新たな需要も生まれてきた。

こうしたことから、1990年に蘇我鎌取線(蘇我駅 - 鎌取車庫)が開設され、大網街道と蘇我駅との連絡が強化された。また1999年には、大学線(蘇我駅 - 千葉寺駅 - 大学病院)が開通し、青葉の森周辺への乗り入れを開始した。一方、向台線は2001年限りで廃止され、代替として花輪線を末広街道経由で運行することとなった。また、かつては千葉営業所の主力路線だった白旗線も2004年に大幅減便となり、同時に新設された青葉の森公園線(千葉駅 - 博物館・文化ホール)に余剰車両が振り向けられた。

千葉郊外自動車以来の区間である誉田駅 - 茂原駅間では、過疎化による利用者の減少で運行維持が困難となった。このため1996年市原市の郡境で系統を分割し、さらに1999年限りで郡境以南を休止している。なお、この1999年の改正では、茂原営業所管内で大幅な整理が行われ、茂原周辺の路線は上市場線だけとなった。

大宮団地では住民の高齢化が進んでおり、北大宮台線の新設や千城局経由の経路変更によるサービス改善で利用者の維持に努めている。また1999年以降、房総方面や羽田空港への高速バス路線の新設が相次いでいる。2009年3月19日には千葉営業所管内の路線においてPASMOが導入された。

本社・営業所

現行所在地

  • 本社 - 千葉県千葉市緑区鎌取町273-4
旧:鎌取車庫。千葉外房有料道路鎌取インターそば。
  • 貸切千葉営業所 - 本社併設。貸切バス専用の営業所。
  • 乗合千葉営業所 - 千葉県千葉市緑区辺田町2-6
鎌取駅近く。担当路線:下記以外の路線全線。
  • 大野台営業所 - 千葉県千葉市緑区大野台1-6-18
緑の森工業団地(緑区大木戸町)内にある。
担当路線:あすみが丘線・あすみが丘東線・土気工業団地線・工業団地東線・越智はなみずき台線(千葉営業所と共管)
  • いすみ営業所 - 千葉県いすみ市苅谷278-1(予約センター併設)
担当路線:いすみ市市民のりあいタクシー[3]

本社所在地・営業所の変遷

かつては、本千葉駅に程近い千葉市中央区長洲に本社があり、現在の長洲二丁目停留所が「千葉中央バス本社前」という名称であった 。旧本社跡地には京成グループの商業施設リブレ京成 ミナーレ本千葉[7]」が建設された。

過去の営業所は、本社併設の千葉営業所、緑区誉田町三丁目の誉田営業所、茂原営業所の3か所で、他に鎌取車庫があった。

2009年1月19日、本社および貸切千葉営業所を鎌取車庫の場所に移転し、千葉営業所と誉田営業所を統合した上で現在地へ移転し「乗合千葉営業所」を新設した。これにより千葉中央バス創業の地である誉田からは営業所が消滅した。また、東京都内にも貸切足立営業所があったが廃止された。

同2009年4月1日、茂原駅を発着する上市場線が廃止されたことを受け、茂原営業所も廃止となり、乗合バスの路線はすべて千葉営業所に集約された。

営業所統廃合前の担当路線は以下のとおりであった。

  • 千葉営業所(旧) - 大網線を除く千葉駅発着路線、都賀線・蘇我鎌取線・大学線、ちはら台線の一部
  • 誉田営業所 - 都賀線を除く鎌取駅 - 大網駅間の各駅発着路線、吉野谷線(リハビリ線・ちはら台線は両営業所の共管)
  • 茂原営業所 - 上市場線・羽田線

翌2010年9月10日、土気駅を起終点とする路線を集約した「大野台営業所」が新設された。


  1. ^ a b 千葉中央バス株式会社 第92期決算公告
  2. ^ コミュニティバス 千葉中央バス公式サイト
  3. ^ a b いすみ市デマンド交通 千葉中央バス公式サイト
  4. ^ 千葉県経営者協会会報410号 p.6
  5. ^ 千葉県史 千葉県公式サイト
  6. ^ 中学校社会科資料『伸びゆく千葉市』千葉市教育委員会より
  7. ^ 店舗案内 リブレ京成公式サイト
  8. ^ 千葉中央バス・ちばフラワーバス「スマホ共通定期券」(千葉駅~坂月橋間)サービス開始について”. 千葉中央バス株式会社 (2023年3月9日). 2023年8月22日閲覧。
  9. ^ 千葉中央バス”. WebArchive. 2008年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月31日閲覧。
  10. ^ a b 2023.10.1大幅減便を行う路線バス系統について”. 千葉中央バス (2003年9月7日). 2023年9月7日閲覧。
  11. ^ 平成30年7月21日(土)ダイヤ改正について”. 千葉中央バス株式会社 (2018年7月9日). 2023年8月22日閲覧。
  12. ^ 3月17日・18日・21日・24日、7月13日~15日、8月13日~15日、9月22日~24日
  13. ^ 平成27年8月1日(土)ダイヤ改正のお知らせ”. 千葉中央バス. 2016年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月22日閲覧。
  14. ^ a b 路線廃止について(千葉中線・平山線)”. 千葉中央バス株式会社. 2023年8月22日閲覧。
  15. ^ 運休系統廃止について”. 千葉中央バス株式会社 (2023年7月31日). 2023年8月22日閲覧。
  16. ^ 大網白里市増穂地区コミュニティバス運行開始について”. 千葉中央バス株式会社 (2021年3月31日). 2023年8月22日閲覧。
  17. ^ “大網 - 羽田間高速バス運行”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (2001年2月1日) 
  18. ^ 千葉・「東京ディズニーリゾート®」・上野~京都線増便のお知らせ 千葉中央バス公式サイト、2015年4月1日
  19. ^ 京都~上野・東京ディズニーリゾート®線一部運行ルート変更等及びバス停追加のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2019年4月24日). 2023年8月22日閲覧。
  20. ^ 深夜急行 「東京~大網線」 新規開設のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2017年8月29日). 2023年8月22日閲覧。
  21. ^ 深夜急行バス 「東京~大網線」 一部運行ルート変更及び停車バス停追加のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2018年2月27日). 2023年8月22日閲覧。
  22. ^ a b 深夜急行バス 「東京~大網線」「新宿~大網線」一部運行ルート変更及び停車バス停追加のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2019年2月7日). 2023年8月22日閲覧。
  23. ^ 大宮団地~市立青葉病院~千葉大学病院運行開始のお知らせ! 2013年8月26日 公式ウェブページ閲覧
  24. ^ 矢作線(大宮団地~千葉大学病院)運行終了のお知らせ 2014年8月26日 公式ウェブページ閲覧
  25. ^ 千葉都心地区循環バス等運行支援事業
  26. ^ 【お知らせ】千葉市中心市街地東口エリア循環バスの運行について
  27. ^ 1日から「C-bus」運行スタート 千葉駅と中心街結ぶ循環バス 人の流れ取り戻せ
  28. ^ C-bus運休のお知らせ | マチナカ循環バス C-bus(シーバス)
  29. ^ 千葉駅東口エリア循環バス「C-bus(シーバス)」の運行廃止について(お知らせ) | マチナカ循環バス C-bus(シーバス)
  30. ^ C-bus経路変更のお知らせ!”. 千葉中央バス株式会社. 2023年8月22日閲覧。
  31. ^ 千葉駅東口エリア循環バス「C-bus」廃止のおしらせ”. 千葉中央バス株式会社 (2020年11月10日). 2023年8月22日閲覧。
  32. ^ 2022年3月12日(土)ダイヤ改正について”. 千葉中央バス株式会社 (2022年2月28日). 2023年8月22日閲覧。
  33. ^ a b c d e ニュースリリース「高速バス『新宿~土気(とけ)線』の運行を開始!」” (PDF). 京王グループ (2012年7月25日). 2017年4月21日閲覧。
  34. ^ バスナビ.com 新宿土気線「平成28年10月1日(土)からの時刻表」” (PDF). 京王バス・西東京バス (2016年9月7日). 2017年4月21日閲覧。
  35. ^ 【新宿~土気線】運行便数の変更について(10/1~ 減便運行) 京王バス公式サイト、2016年9月8日
  36. ^ 新宿駅「降車場所」変更のお知らせ 千葉中央バス公式サイト、2016年4月22日
  37. ^ 土気~新宿線 一部運行廃止のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2019年2月7日). 2023年8月22日閲覧。
  38. ^ a b 鎌取~新宿線、深夜急行バス 新宿~大網線 運行休止のお知らせ”. 千葉中央バス株式会社 (2020年4月1日). 2023年8月22日閲覧。






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