内戦 原因

内戦

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原因

まず内戦は、全国政府の座を争うためのものと、分離独立や自治権確立といった地方の分離主義によるものの2種類に大きく分けられる[3]。1960年から2006年までのデータでは、発生した内戦のうちおおよそ7割が全国統治を、3割が分離独立を争う内戦だった[4]。前者の例としては、戊辰戦争国共内戦シリア内戦アンゴラ内戦などが挙げられる。後者については、「独立戦争」参照。

経済的要因

従来、内戦の原因としては国家内の各集団間の不平等格差による不満が主因であると考えられてきた。これに対し、1998年にポール・コリアーアンケ・ヘフラードイツ語版が経済的利益のために内戦が起こるという説を提唱し、以後この「強欲対不満英語版」論争は内戦研究の大きな潮流となったが、この枠組みでの分類を不適切であるとする研究者もいる[5]

1998年のコリアーとヘフラーの研究においては、まず貧困国の方が富裕国よりも内戦の可能性が高いこと、さらにそのなかでも経済成長がマイナスあるいは停滞している国家はさらに内戦の可能性が高まることが示された[6]。これは、貧困国では治安維持予算が不十分なため警察能力や国軍の能力が低く反乱を起こしやすいことや、住民の収入が低い場合反乱に訴えた方がよりよい収入を確保できる可能性が高いことが理由と考えられている。例として、労働力が不足していて失業率が低い場合や、識字率が高くより仕事を求めやすい地域においては反乱の発生率が下がることが判明している[7]

さらにエドワード・ミゲルらによる2004年の研究では、アフリカにおいて旱魃が起きた年は平年に比べ内戦リスクが非常に高くなることが証明された。これは、旱魃によって収穫が大幅に減少したため地域住民の収入が減少し、反乱へとつながることを示しており、内戦が起きたから貧困になったのではなく、重大な経済的ショックによって貧しくなった人々がその改善を求めて内戦を起こすことを証明する結果である[8]

コリアーとヘフラーの研究ではまた、当該国が天然資源一次産品に経済を頼っている場合、内戦の可能性が高まることも示された[9]。経済の一次産品への依存度が26%になる場合が最も内戦の危険が大きく、およそ2割前後の発生危険性があるとされる[10]。これは天然資源は現金化しやすく、反乱軍の資金源になりやすいことや、資源収入は不平等を作り出しやすいこと、資源収入があれば市民からの税収に頼る必要が減少するためガバナンスが劣悪化し市民の不満がたまりやすいこと、資源は地理的に偏在しやすく産出地の不満と野望を生みやすいこと、そして一次産品は価格が変動しやすく不況時に受ける経済的ショックが大きくなりがちであることなどが理由であると考えられている[11]

ただしその後研究が進み、たとえば石油収入が経済の大部分を占めるようになると、逆に内戦の危険は大幅に低下することが判明している。これは豊富な資金によって治安関係や国民福祉を大幅に増強することができるため、国民の不満が減り統治能力が増強されるためであると考えられている[12]。また内戦リスクは資源の存在場所にも左右され、例えば陸上に油井がある国では内戦リスクが非常に高まるのに対し、海上油田のみの国では非資源国と同程度にまで内戦リスクは低下する。これは反乱する地元住民が存在せず、反乱者からの攻撃も防ぎやすいためであるとされる[13]。同様にダイヤモンドでも、硬い岩盤のなかに埋蔵されている鉱床では内戦リスクの増加は見られないが、河川敷などで容易に採掘できる漂砂鉱床のある国では内戦リスクが増加するとの研究結果が発表されている[14]

不平等と不満

一般的なイメージとは違い、民族宗教などの多様性は必ずしも内戦の可能性を高めるわけではないとの研究結果はフィアロン&レイティン、コリアー&へフラーの研究など複数存在する[15]。一方で、2013年のラース・エリック・シダーマンの研究では、国家体制から政治的・経済的に疎外される民族集団が存在し、民族集団間で不平等が存在する場合は疎外された集団の反乱可能性は非常に高くなるとの結果が得られている[16]

政治的要因

中央政府の統治能力の低さは内戦につながりやすいと考えられている。ジェームズ・フィアロン英語版デビッド・レイティン英語版は2003年の研究で、統治能力の低い国家では治安維持能力の強化や交通網の整備が不十分で、反乱が起こりやすいと指摘した[17]。経済的な不満や地域的な対立などの不安要素が存在する場合においても、政府の統治能力が高い場合は内戦勃発リスクは大幅に減少する[18]

政府の統治能力の極端に低い、いわゆる失敗国家において、特に失敗の度合いがひどい場合は暴力の独占が崩れ、各地に軍閥が割拠し内戦が勃発する場合がある[19]。内戦が激化した場合、1991年以降のソマリアのように中央政府そのものが事実上崩壊し、無政府状態となる例も存在する[20]

政体に関しては、閉鎖的な独裁政治と成熟した民主主義体制ではともに内戦リスクが非常に低くなる一方、独裁というほどではないが民主的でもない混合体制の国家において内戦リスクが高くなると考えられている。つまり、独裁度または民主度が高い体制ほど内戦は起きにくく、両方の中間に近くなるほど内戦は起きやすくなる[21]。また、クーデター革命などの非制度的な理由によって権力を握った指導者の統治下では、国民が政権に政治的正統性を認めないため内戦が勃発しやすくなり、内戦リスクが通常の指導者と同レベルにまで低下するのは約15年が必要となる[22]

地形に関しては、平地が多く見通しのよい地形の国家よりも、山地が多く地形の複雑な国家の方が反乱軍が発見されにくいために内戦リスクが高まるとの研究結果が存在する[23]


  1. ^ 「比較政治学」p70-71 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  2. ^ 「国際法 第5版」p308-310 松井芳郎・佐分晴夫・坂元茂樹・小畑郁・松田竹男・田中則夫・岡田泉・薬師寺公夫著 有斐閣 2007年3月20日第5版第1刷発行
  3. ^ 「戦争とは何か」p90 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  4. ^ a b 「石油の呪い 国家の発展経路はいかに決定されるか」p178 マイケル・L・ロス 松尾昌樹・浜中新吾訳 吉田書店 2017年2月10日初版第1刷発行
  5. ^ 「比較政治学」p75 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  6. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p166 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行
  7. ^ 「戦争の経済学」p268-269 ポール・ポースト 山形浩生訳
  8. ^ 「悪い奴ほど合理的 腐敗・暴力・貧困の経済学」p143-148 レイモンド・フィスマン、エドワード・ミゲル著 田村勝省訳 NTT出版 2014年2月28日初版第1刷発行
  9. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p167 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行
  10. ^ 「戦争の経済学」p270 ポール・ポースト 山形浩生訳
  11. ^ 「戦争の経済学」p270-271 ポール・ポースト 山形浩生訳
  12. ^ 「比較政治学」p77 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  13. ^ 「石油の呪い 国家の発展経路はいかに決定されるか」p196 マイケル・L・ロス 松尾昌樹・浜中新吾訳 吉田書店 2017年2月10日初版第1刷発行
  14. ^ 「比較政治学」p77-78 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  15. ^ 「比較政治学」p78 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  16. ^ 「戦争とは何か」p98-101 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  17. ^ 「比較政治学」p80 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  18. ^ 「暴力的紛争リスクの経済学 内戦・テロの発生要因・予防と対策に焦点を当てて」p252 木原隆司 (巨大災害・リスクと経済」所収 澤田康幸編 日本経済新聞出版社 2014年1月10日1版1刷)
  19. ^ 「政治学の第一歩」p29-30 砂原庸介・稗田健志・多湖淳著 有斐閣 2015年10月15日初版第1刷
  20. ^ 「国家の破綻」p22-23 武内進一 (「平和構築・入門」所収 藤原帰一・大芝亮・山田哲也編著 有斐閣 2011年12月10日初版第1刷)
  21. ^ 「比較政治学」p81-82 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  22. ^ 「比較政治学」p82-83 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  23. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p174 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行
  24. ^ a b c d Pettersson, Therese & Magnus Öberg (2020). “Organized violence, 1989-2019”. Journal of Peace Research 57(4). https://www.ucdp.uu.se/downloads/charts/graphs/pdf_20/armedconf_by_type.pdf. 
  25. ^ a b 東大作『内戦と和平 現代戦争をどう終わらせるか』中央公論新社、2020年1月25日、Kindle版、位置No. 486/3211頁。 
  26. ^ 「比較政治学」p72-75 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  27. ^ 「戦争とは何か」p108-111 多湖淳 中公新書 2020年1月25日発行
  28. ^ 「新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸」p122-123 勝俣誠 岩波新書 2013年4月19日第1刷発行
  29. ^ 「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」p49 ポール・コリアー 中谷和男訳 日経BP社 2008年6月30日第1版第1刷発行
  30. ^ 「難民問題」p28-29 墓田桂 中公新書 2016年9月25日発行
  31. ^ 「難民問題」p30-31 墓田桂 中公新書 2016年9月25日発行
  32. ^ 「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」p49-50 ポール・コリアー 中谷和男訳 日経BP社 2008年6月30日第1版第1刷発行
  33. ^ 「戦争の経済学」p266-267 ポール・ポースト 山形浩生訳
  34. ^ 「最底辺の10億人 最も貧しい国々のために本当になすべきことは何か?」p54-55 ポール・コリアー 中谷和男訳 日経BP社 2008年6月30日第1版第1刷発行
  35. ^ 「新・現代アフリカ入門 人々が変える大陸」p121-122 勝俣誠 岩波新書 2013年4月19日第1刷発行
  36. ^ 「比較政治学」p74 粕谷祐子 ミネルヴァ書房 2014年9月30日初版第1刷
  37. ^ 「戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会」p10-11 武内進一編 アジア経済研究所 2008年11月5日発行
  38. ^ 「戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会」p11-12 武内進一編 アジア経済研究所 2008年11月5日発行
  39. ^ 「戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会」p8-10 武内進一編 アジア経済研究所 2008年11月5日発行
  40. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p195 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  41. ^ 「国際政治の基礎知識 増補版」p325-326 加藤秀治郎・渡邊啓貴編 芦書房 2002年5月1日増補版第1刷
  42. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p196-197 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  43. ^ 「戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会」p23-27 武内進一編 アジア経済研究所 2008年11月5日発行
  44. ^ https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/02_exandim/05_diamond/index.html 「ダイヤモンド原石の輸出入管理」日本国経済産業省 2022年11月28日閲覧
  45. ^ 「戦争と平和の間 紛争勃発後のアフリカと国際社会」p6-8 武内進一編 アジア経済研究所 2008年11月5日発行
  46. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p196 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  47. ^ 「国際関係学 地球社会を理解するために 第2版」p201-203 滝田賢治・大芝亮・都留康子編 有信堂高文社 2017年4月20日第2版第1刷発行
  48. ^ 「石油の呪い 国家の発展経路はいかに決定されるか」p179 マイケル・L・ロス 松尾昌樹・浜中新吾訳 吉田書店 2017年2月10日初版第1刷発行
  49. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p102 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行
  50. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p108-109 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行
  51. ^ 「民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実」p110-111 ポール・コリアー 甘糟智子訳 日経BP社 2010年1月18日第1版第1刷発行






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