全面腐食 全面腐食の概要

全面腐食

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/20 14:13 UTC 版)

全面腐食した鋼矢板

金属の腐食は酸化反応を起こすアノード還元反応を起こすカソードが対となって発生するが、全面腐食では金属表面の至る所に無数のアノードとカソードが発生・分布し、さらにアノードとカソードの位置が常時変動することで表面全体で均一的に腐食が進む。具体的には、海水中や屋外大気中の炭素鋼の腐食などが全面腐食の例として挙げられる。厳密に全面が均一に腐食する事例は少なく、実際にはある程度の不均一性があった上で全面腐食とみなされる。強い酸性溶液中の金属などは全面でほぼ均一に腐食する。

全面腐食が進行する速さは、腐食によって金属材料から減る質量肉厚で評価される。などの腐食生成物が表面に付着する場合は、その表面保護効果によって全面腐食速度が遅くなる。全面腐食の進行は比較的予測しやすいことから、局部腐食に比べると実際に問題となる腐食損傷は少ない。得られている全面腐食速度データをもとに一定の全面腐食の発生を認めた上で、全面腐食で減る分を腐食しろとして部材肉厚に加えて設計することもある。全面腐食で腐食損傷問題に至るのは、どちらかと言えば設計、製造、運用のミスが原因であることが多い。

基本的メカニズム

鉄の水溶液腐食における基本的電気化学反応の概念図

金属腐食のメカニズムは、電気化学的にみると、電子 (e) を放出する酸化反応(アノード反応)が起こっているアノードと電子を受容する還元反応(カソード反応)が起こっているカソードで構成される[2]溶存酸素 (O2) を含む水溶液 (H2O) 中に (Fe) を浸すと、以下のアノード反応とカソード反応を基本として腐食が進行する[3]

Fe → Fe2+ + 2e(アノード反応)
O2 + 2H2O + 4e → 4OH(カソード反応)
2Fe + O2 + 2H2O → 2Fe2+ + 4OH(全体としての反応)

これらの反応では、アノードとなる箇所とカソードとなる箇所が金属表面上に現れ、アノードとなっている箇所の金属が溶解する[4]。局部的なカソードから局部的なアノードへ金属内を伝わって電子電流が流れ、さらに局部的なアノードから局部的なカソードへ水溶液を伝わってイオン電流が流れることで、電流回路が成立して一種の電池が構成される[5]。腐食の原因となる電池は腐食電池などと呼ばれる[6]

全面腐食の概念図。アノード・カソードがどの場所にも分布する。

全面腐食の特徴は、金属表面の至る所に無数のアノードとカソードが発生して分布し、金属表面上に無数の微小な腐食電池が形成される点にある[7]。このような局所的で微小な腐食電池は、局部電池ミクロ腐食電池ミクロセルなどと呼ばれる[8]。さらに、これらのアノードとカソードの位置は固定されず常時変動するので、結果として表面全体で均一的に腐食が進む[9]。全面腐食が生じると、表面からの減肉や肌荒れが広範囲に起こる[10]。さらになどの腐食生成物が表面を覆う場合と覆わない場合がある[10]

同じ金属材料の同じ表面でありながらアノードとカソードに分かれて局部電池が発生する理由は、現実の金属材料の不均質性が挙げられる。実際の金属材料では、全体にわたって一様な物理的性質・化学的性質を持つわけではなく、その材料中の部分ごとに異なっている[11]。また、金属は多結晶構造であるため、結晶粒界などの存在によって表面は均質にならない[12]。こういった不均質性のために、表面上のある箇所の金属原子はアノードとなり、違う箇所の金属原子はカソードとなるという風に働きが分かれると考えられる[13]。アノードになった原子が溶出すると、そのアノードは消失し、今度は別の原子がアノードになる[14]。こういった現象が表面全体で時間とともに移り変わっていきながらランダムに起こるため、金属表面全体での均一的な腐食が引き起こされると考えられている[14]

分類

アルミニウム孔食(局部腐食)の例

全面腐食は、特に腐食が生じる範囲に着目した分類である[15]。金属の腐食(特に湿食、水溶液腐食)は、全面腐食と局部腐食に大別される[16]。局部腐食とは、孔食やすき間腐食のように一部分で集中的に進行する形態の腐食を指す[11]。全面腐食(均一腐食)でも、字面どおり厳密に全面で均一に腐食する事例は少なく、均一とみなすかどうかは程度問題でもある[17]。実際上は、一様に全面が腐食されている判断できる場合は近似的に全面腐食とみなす[18]

上記のように、ミクロセルで腐食が進行するのが全面腐食の特徴であった。ミクロセルによって進行する形態の腐食はミクロセル腐食という名でも呼ばれる[19]。ミクロセルに対して、それよりもはるかに大きく、アノードとカソードの位置が固定されているような腐食電池をマクロ腐食電池マクロセルと呼ぶ[20]。このような腐食電池で駆動する形態の腐食はマクロセル腐食と呼ばれ、異種金属接触腐食などがその例である[21]


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  3. ^ 杉本 2009, p. 5.
  4. ^ 杉本 2009, p. 4.
  5. ^ 腐食防食協会(編) 2000, pp. 17–18; 杉本 2009, pp. 5–6.
  6. ^ 藤井(監修) 2017, p. 42; 松島 2007, p. 5.
  7. ^ 腐食防食協会(編) 2000, p. 18; 松島 2007, p. 6.
  8. ^ 杉本 2009, p. 4; 松島 2007, p. 6; 藤井 2016, p. 18.
  9. ^ 長野・山下・内田 2004, pp. 9–10; 腐食防食協会(編) 2000, p. 18; 松島 2007, p. 6.
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  20. ^ 松島 2007, p. 6; 藤井(監修) 2017, p. 55.
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  22. ^ a b 松島 2007, p. 18.
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  38. ^ 長野・山下・内田 2004, p. 88.
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  42. ^ 杉本 2009, p. 135.
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  47. ^ 腐食防食協会(編) 2000, p. 884.
  48. ^ 腐食防食協会(編) 2000, p. 721.


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