人民元改革 世界の反応

人民元改革

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/04 16:03 UTC 版)

世界の反応

財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)は7月22日未明に「より柔軟な為替レートへ移行する中国当局の決定を歓迎」「世界経済の成長・安定に貢献」との声明を発表した[13]

アジア

  • 日本
    谷垣禎一財相は一報が伝えられると、同日夜に「細かい内容は分析中」としつつも「柔軟性を持たせた事は歓迎」と述べ、細田博之官房長官も「敬意を表する」としてニクソン・ショックを例に挙げ「日本も1970年代に変動相場に移行した経緯がある。中国にとってもマイナスばかりではなく経済国際化への大きな一歩」と語った。その他、「歴史的に見れば大きな一歩だったと後から評価されるのではないか」「市場の需給を反映した形で柔軟性を発揮する必要がある」(竹中平蔵経済財政相)、「市場の動きを注視する」(伊藤達也金融相)など閣僚から注文や慎重な発言も飛び出した[13]。また、かねてから「中国は経済成長する過程で、世界経済と調和の取れた形になるのが望ましい」と述べていた福井俊彦日銀総裁は「高く評価」「為替レートの柔軟化により中国の経済成長がよりバランスのとれた持続的なものになる事を期待する」との談話を発表し、円相場については「大きな影響はない」と判断した。一方で予想に反して切り上げ幅が小さかった事から、柳澤伯夫政調会長代理が「ニクソン・ショックの際に日本が360円から308円に円を切り上げたのに比べたら(今回の人民元の切り上げは)何の意味もない幅」と、外務省幹部も「人民元は過去20年間で大幅に切り下げている事実も考慮し、長い歴史を見て評価する必要がある」と述べるなど、冷静な見方も目立った[14]
    中国と日本との地理的要因や貿易をはじめとする経済面での緊密さから人民元上昇によって円相場にも上昇圧力が見込まれるなど、人民元の動向は円高要因と考えられており、アメリカとの金利差拡大等を背景に円安・ドル高基調にあった当時は転機として捉えられていた[注釈 8]。これに対し外国為替問題を担当する渡邊博史財務官は21日、「為替が乱高下するようなら(然るべき)対応をする」として為替介入もあり得るとの見解を示した[15]
    一方の経済界では、静岡県にて夏季フォーラムの懇親会を催していた日本経団連だったが、席上に元切り上げのニュースが飛び込むと会場に驚きが広がった[16]。しかし想定の範囲内とも言える僅かな切り上げ幅だった事から財界人の間でも冷静な見方が相次ぎ、経団連の奥田碩会長は記者会見で「幅は予期していたよりも小さい」「今後切り上げが続いて2桁程度になれば日本や東南アジアの経済に相当な影響」と述べている[17]
  • 韓国
    韓国では「小幅な切り上げでは、韓国経済に大きな影響はない」(政経済省幹部)としながらも、人民元の制度変更による為替相場への影響を調べるため韓国政府と韓国銀行とが共同で専門調査チームを設立した[18]
  • 台湾
    台湾でも何美玥経済相の「2%の切り上げでは台湾ドルへの影響は軽微で、台湾の輸出には必ずしも不利に働かない」との見解が報じられたが、周阿定台湾中央銀行外匯局長が「台湾ドル相場で不正常な心理が働けば、為替レート安定のために中央銀行として市場介入もあり得る」とし、市場の反応を注視する姿勢を示した[19]
  • マレーシア
    人民元の切り上げが発表された同日、マレーシア国立銀行も中国に追従する形で自国通貨リンギットと米ドルとの固定相場制を廃し、複数通貨による通貨バスケット制度および管理変動相場制に移行する事を発表した。マレーシアでは中国と同様に好調な輸出に支えられて外貨準備高が過去最高を更新するなどしており、人民元の追加切り上げを見込んだ投機資金のマレーシアへの過剰な流入の防止や[20]、元切り上げにより米ドルが暴落してドルに連動したリンギットが急落するのを防ぐための措置で[21]、同国での制度変更はアジア通貨危機による混乱を収拾するためにレートを固定化した1998年9月以来、約7年振りであった[22]
    管理変動相場制への移行についてアブドラ・バダウィ首相(当時)は「自国経済をより強める事になる」と、ゼティ・アクタル・アジズ国立銀行総裁も「経済にはプラスの影響」と、それぞれ記者団に語っている[20]

アメリカ

対中強硬派の急先鋒として名を馳せたチャールズ・シューマー議員
(写真は2011年

アメリカでは前述の通り急激に拡大を続ける対中貿易赤字が、ユノカル買収騒動に象徴される中国脅威論とも相俟って中国に対する反発として表面化していた。そのような折にようやく実現した元の切り上げであっただけにアメリカとして歓迎する認識は共通していたものの、2%という切り上げ幅は“人民元は実勢に対し30-40%過小評価”というアメリカの産業界や議会との見解[23] から大きく乖離しており、場合によっては追加の圧力も辞さない構えを示す意見が大半を占めた。
スコット・マクレラン報道官は「中国政府による柔軟な対応な為替制度の採用に勇気づけられた」と述べブッシュ政権として好意的に捉えている意向を示し[23]アラン・グリーンスパンFRB議長も7月21日の上院銀行住宅都市委員会で「中国が世界市場でのプレゼンスを増すにつれ避ける事のできない多くの通貨調整に向けた最初の一歩」と証言した[24]。一方、2003年秋の訪中より圧力を掛け続け10-15%の切り上げを打診してきたとされるジョン・スノー財務長官は「新制度を完全に実行すれば国際金融市場の安定に大きく貢献」と一定の評価をしつつも「中国が市場実勢に合わせて相場を変動させるか監視する」と語り[23]、制度改革について詳しく調査するために担当者を即日北京へ派遣した[25]。 また、超党派による対中報復関税法案の発起人であった民主党のチャールズ・シューマー上院議員と共和党リンゼー・グラム上院議員は法案の採決を当面停止するとしながらも、「我々の期待よりも小幅だった」「素晴らしい一歩だがわずかな前進に過ぎない」「更に大きな進展がなければ、我々は多くを達成した事にはならない」と語り[23][26]、全米製造業者協会(NAM)のジョン・イングラー理事長も「従来アメリカが期限としてきた10月迄に、中国は追加切り上げをすべき」と、それぞれ異口同音に不満を漏らしている[27]

EU

EUは元の切り上げを求めつつも、その温度は米国と一線を画していた

欧州諸国にとって中国は重要な経済パートナーであり、輸出先であると同時にまた自国の産業にとって脅威にもなる、いわば“諸刃の剣”であった。ユーロスタットによれば2004年のEU圏の対中貿易赤字は前年比31%増の590億ユーロでこの不均衡は年々拡大傾向にあり、イタリアを筆頭に地元産業に負の影響を及ぼしていた[28]欧州委員会は中国の繊維製品に対する緊急輸入制限をちらつかせるなどしており、米国ほど積極的な圧力を掛けないまでも、欧州委員会メンバーホアキン・アルムニアが新聞のインタビューで「中国は何をすべきか判っているはず」と述べるなど、EUとしては中国による自主的な改革を臨む姿勢を見せていた[28]

中国政府による人民元切り上げの一報は、欧州中央銀行(ECB)の定例理事会の開催中に伝えられた。ECB広報官は「ノーコメント」として静観しながら中国による次の一手を待つ姿勢を見せたが、ドイツハンス・アイヒェル財相は「正しい一歩を歓迎」「中国のバランスの取れた経済成長と段階的な輸入増に繋がり、ドイツ経済に恩恵をもたらす」と表明し、イタリアの貿易当局も「イタリアの製品が息を吹き返すのに素晴らしい兆候」と、フランスの繊維業界労働組合の広報も「正しい方向へ進んで行くための小さな一歩」と述べるなど、概ね好意的に受け止められた[16][28]

中国国内

中国政府は、あくまで元の連動性を広げるための自主的な改革である点を翌日付の新聞等で強調したが、国内ではインターネット掲示板で「中国人は気骨がない」「とうとうアメリカに屈した」などの意見が飛び交った[7]


注釈

  1. ^ 市場では切り上げのXデーを「8月半ば」とする説が有力視されており、また切り上げ幅も「3-5%程度」と考えられていた事から、実際の「7月・2-3%」はまさしく温家宝首相の“意表をつくやり方”が具現化がされた形となった(市場の予測については、日本経済新聞7月22日『中国、意表をつく決断 -上げ幅は予想下回る-』より引用)。
  2. ^ 7月22日の中国外貨取引センターでは取引開始直後に大量の元買注文が、終了直前に大量の元売・ドル買い注文が入って初日の変動はわずかに抑えられたが、これら2つの注文はいずれも人民銀行の介入と見られている。
  3. ^ 切り上げから約20日後の8月10日周小川人民銀行総裁がバスケットの構成通貨のみ公表したものの、比率についてはやはり明らかにされなかった。
  4. ^ 対中強硬派として知られる民主党のチャールズ・シューマー上院議員はかねてより、中国が大幅な人民元の切り上げ要求を受け入れない限り、中国からの輸入品に一律27.5%の関税を課すという対中報復関税法案の提出を示唆していた。
  5. ^ 中国系金融機関の幹部は、「中国の最大の輸出先はアメリカ。最も大事な商売相手との関係を悪化させたくないのは誰でも同じ」と中国政府の思惑を語っている。
  6. ^ このリスクを避けるため、欧州での共通通貨ユーロ創設の一因となった経緯がある。
  7. ^ なお、タイはアジア通貨危機後に米ドル連動を廃止しシンガポールも通貨バスケットを既に導入していた。一方、7月21日の中国とマレーシアの制度変更によりアジアで唯一のドル連動となった香港ドルを監督する香港金融管理局の任志剛総裁は、同日に米ドル連動の変更をする考えはないとの見解を示した。
  8. ^ 実際、5月に中国共産党の機関紙である人民日報が誤ってホームページに「近く人民元制度の変更が発表される」と誤報を流した際には円が急伸したほか、実際に切り上げが実施された7月21日はドルに対して一時的に2円程度急伸し、112円台半ばで推移していた円相場が110円台前半まで上昇した。
  9. ^ これらの方針は、中国企業が海外企業を買収するケースが増えており、取引の自由度を増す事が国内企業にとってのメリットにつながると判断したものと見られている。
  10. ^ 事実、7月22日(切り上げ発表翌日)のニューヨーク商業取引所の原油先物相場では、原油価格の高騰観測が広まった事によりテキサス産軽質油の終値は前日比で1バレルあたり1.52ドル上昇した。

出典

  1. ^ “人民元2%切り上げ -中国、対ドル固定変更 「バスケット制」採用-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  2. ^ “中国人民元切り上げの背景に何があったのか? -自主性、安定性、斬新性 有言実行した中国-”. 人民元の教科書 (新紀元社). (2005年9月19日) 
  3. ^ “中国 人民元を切り上げ -国際通貨の転換点に-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月22日) 
  4. ^ “動き出す人民元 -ドル基軸「終章」の予兆-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月23日) 
  5. ^ “波瀾回避、周到な「改革」 -為替安定を最優先 初日の変動、わずか0.0011元-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月23日) 
  6. ^ “当初5%切り上げも検討-「デフレ懸念で回避」中国誌報道-”. 読売新聞 (読売新聞社). (2005年7月25日) 
  7. ^ a b “動いた0.0011元 -米中、本音は「協調」-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月23日) 
  8. ^ a b “世界経済への影響不透明 -通貨バスケット 運用の幅残す-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月22日) 
  9. ^ “中国、意表つく決断 -上げ幅は予想下回る-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  10. ^ “人民元2%切り上げ -国際通貨へ上げ圧力続く-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  11. ^ “中国、インフレを懸念 人民元切り上げ”. 読売新聞 (読売新聞社). (2005年7月22日) 
  12. ^ “「ドル離れ」へ一歩 -世界通貨、多極化へ-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月23日) 
  13. ^ a b “「ドル離れ」へ一歩 –「悲観する必要ない」首相”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月23日) 
  14. ^ “政府、自主的改革を歓迎”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  15. ^ “円相場に上昇圧力 -円乱高下なら「適切に対応」渡辺財務官-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  16. ^ a b “人民元切り上げ –小幅に官民とも冷静-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月22日) 
  17. ^ “「世界の工場」へ視線変化 –進出企業、上げ幅注視-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月23日) 
  18. ^ “韓国銀と共同で専門調査チーム 韓国政府”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  19. ^ “動き不正常なら台湾、市場介入 中国為替局長”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  20. ^ a b “マレーシア、変動相場制に -投機資金流入封じ込め-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  21. ^ “中国 人民元を切り上げ -マレーシアもドル固定廃止-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月22日) 
  22. ^ “マレーシアも固定相場制廃止”. 読売新聞 (読売新聞社). (2005年7月22日) 
  23. ^ a b c d “米「一段の切り上げを」 -人民元改革 一定の評価 「小幅」に不満残る-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  24. ^ “「重要な第一歩」FRB議長歓迎”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  25. ^ “中国 変動幅を管理 –米財務省 中国に担当者を派遣へ-”. 読売新聞 (読売新聞社). (2005年7月23日) 
  26. ^ “人民元切り上げ -静まらぬ米の改革要求-”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2005年7月22日) 
  27. ^ a b “米、小幅「2%」に複雑”. 読売新聞 (読売新聞社). (2005年7月25日) 
  28. ^ a b c “欧州、ユーロ高鎮静 期待 -独「経済に恩恵」 米と一線、圧力控えめ-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2005年7月22日) 
  29. ^ “中国人民銀、人民元の変動幅を1%に拡大”. ウォール・ストリート・ジャーナル (ウォール・ストリート・ジャーナル・ジャパン株式会社). (2012年4月14日) 
  30. ^ “人民元 変動幅2倍に 2%”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2014年3月16日) 
  31. ^ “人民元の変動幅拡大へ -通貨下げ余地、輸出増狙う-”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2015年7月25日) 
  32. ^ “人民元自由化に意欲 中国政府、改革加速の方針”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2013年11月27日) 






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