バティール 姉妹都市

バティール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/15 06:44 UTC 版)

姉妹都市

世界遺産

オリーブとワインの地パレスチナ - エルサレム地方南部バティールの文化的景観
パレスチナ国
バティールの段々畑の景観
英名 Palestine: Land of Olives and Vines – Cultural Landscape of Southern Jerusalem, Battir
仏名 Palestine : terre des oliviers et des vignes – Paysage culturel du sud de Jérusalem, Battir
面積 348.83 ha(緩衝地帯: 623.88 ha)
登録区分 文化遺産
登録基準 (4), (5)
登録年 2014年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
使用方法表示

古代の灌漑システムと段々畑

バティールの段々畑には水門を介し、手動で水の流れを制御する独特な灌漑システムが存在する[25]。この古代ローマ時代に築かれた流水網は現在も利用されており、2,000年にわたって7つの湧水から新鮮な水が供給されてきた[25][33][34]。バティールの8つの主要な家族が村の作物に水を供給するために毎日交代で作業をしている。そのため、バティールには「1週間は7日間ではなく8日間続く」という言葉がある[33]

バティールは12世紀以来、パレスチナ中部における主要な野菜生産地の一つであった[35]。灌漑された畑では、アーモンドアンズイチジクなどの果樹や野菜が栽培され、灌漑されていない乾燥した場所ではオリーブブドウの木が植えられている[35]。村からより離れた場所の斜面では、イギリス委任統治領時代に植えられたトウヒマツの樹木がみられ、現在では放棄された段々畑に植生が拡大している[35]。また、段々畑内の特徴的な建築物として、さまざまな大きさと形状をした230あまりのマナティルと呼ばれる農地監視用の石組みの望楼がある。かつては裕福な地主に雇われていた農場労働者や、収穫期に一時的な家として居住していた人がいたものの、ほとんどは現在では使用されていない[35]

ユネスコ人類学者であるジョバンニ・ソンタナは、「完全な状態であるだけではなく、村の機能の一部として続いているこのような伝統的な農業形態が残る地域は、もし他に存在していたとしてもほとんど残っていない。」と述べている[25]

イスラエルによる分離壁の建設計画

2007年にバティールは、2,000年にわたって利用され続けている灌漑システムを寸断するように設定されたイスラエル西岸地区の分離壁の計画ルートの変更を認めさせようとイスラエル国防省を訴えた[24][25]2005年に当初の分離壁のルートを承認したイスラエル自然・公園局(INPA)は、2013年に至って考えを改め、13ページからなる政策文書において、バティールの段々畑もイスラエルの遺産であり、そのルートがいくら狭い範囲のものであったとしても、分離壁が築かれた場合にはこの地域において数千年前に始められた農業形態であることが立証されているバティール周辺の農地の機能が不可逆的に損なわれるとして、慎重に保護されるべきであるという見解を示した[36]。また、INPAは、パレスチナ自治政府がこの地域をユネスコが管理する世界遺産リストに登録するための緊急の要請を行ったこと(後述)にも留意した[36]。イスラエルの政府機関が分離壁の一部の建設に反対の意思を表明したのはこれが初めてのことであった[26]。INPAは文書の中で「この地域を世界遺産に指定するための隣人の奮闘は我々を恥ずべき立場に追い込んでいる。我々は景観を保護するために彼らと協力して取り組むべきである。」と記した[26]

1893年のバティール

この意見が記された宣誓供述書は、分離壁がこの独特な農業システムを破壊すると主張する四つの専門家の意見のうちの一つであった[36]。2013年5月上旬にイスラエル高等法院は、「バティールの領域内の分離壁のルートが取り消される、もしくは変更されるべきではないとする理由、また、分離壁の代替手段を再検討すべきではないとする理由」について国防省が説明しなければならないと命じた。これによって国防省は、2013年7月2日までにバティールを破壊しない境界線を確保するための新しい計画案を提出する必要に迫られた[36]。一方で、分離壁の計画の変更によってユダヤ人入植地の拡大が妨げられることを懸念する旨の別個の請願が、バティールに近いユダヤ人の都市であるベイタル・イリット英語版から提出された[37]

バティールの世界遺産リスト登録後の2015年1月4日、イスラエル高等法院はバティールの分離壁の建設を凍結する決定を下した[38]。バティールの村長のアクラム・バディルは、パレスチナのマアン通信社に対し、裁判所の決定は「パレスチナ全体の勝利」であると語った[38]

世界遺産リスト登録への経緯

バティールの農地
バティールの市街地

パレスチナは2011年10月31日ユネスコの総会において、アメリカやイスラエルなどが反対へ回るなか、採決における賛成多数(賛成107か国、反対14か国、棄権52か国)によって正式な加盟国として承認された[39]。同年にユネスコは古代の段々畑と灌漑システムの「文化的景観の保護と管理」に対する顕彰として15,000ドルをバティールへ授与した[24]

翌2012年の5月にパレスチナ自治政府(PNA)はパリのユネスコ本部に代表団を派遣し、バティールを世界遺産リストに追加する可能性について協議した。PNAの観光副大臣であるハムダン・タハは、ユネスコは「パレスチナ人の遺産および人道的な遺産として維持される」ことを望んでおり、この歴史的な段々畑と灌漑システムに特に注意を払っていると語った[40]。しかしながら、2012年の第36回世界遺産委員会においてバティールの登録を目指す動きは、パレスチナ内部での意見の相違と、計画と関心の問題によって行き詰まり、正式な推薦書類の提出が遅すぎたことから直前になって推薦を拒否されることになった[33]。代わりにパレスチナの代表団は、ベツレヘム降誕教会と巡礼路を緊急案件として世界遺産リストへ登録することを目指し、同世界遺産委員会において「イエス生誕の地 : ベツレヘムにある聖誕教会と巡礼路」が初のパレスチナの世界遺産として登録されることになった[33][41]

パレスチナはその後も世界遺産リスト登録への動きを継続し、2014年1月30日にバティールの文化的景観を推薦した[35]。パレスチナは、イスラエルが計画を進めている分離壁の建設によってバティールの段々畑と灌漑システムが破壊される恐れがあるとして、通常の推薦手続きによらない緊急登録案件として推薦をした。しかしこの推薦に対し国際記念物遺跡会議(ICOMOS)は、世界遺産となるための要件である顕著な普遍的価値の他、緊急性も認められないとして「不登録」を勧告した[35]。しかしながら、第38回世界遺産委員会においてパレスチナは本審議前の取り下げを行わずに審議に臨み、最終的に投票による賛成多数によって逆転での登録が認められた。また、危機遺産にも同時に登録された[42]

登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準のうち、以下の条件を満たし、登録された(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
  • (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。

  1. ^ a b Preliminary Census Results, PHC 2017 Palestinian Central Bureau of Statistics. p.76. 2020年3月16日閲覧。
  2. ^ a b Conder and Kitchener, 1883, SWP III, pp. 20-21
  3. ^ a b Battir Village Profile”. The Applied Research Institute – Jerusalem (2010年). 2014年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月11日閲覧。
  4. ^ David Ussishkin, "Soundings in Betar, Bar-Kochba's Last Stronghold"
  5. ^ a b c d D. Ussishkin, Archaeological Soundings at Betar, Bar-Kochba's Last Stronghold, Tel Aviv 20, 1993, pp. 66-97.
  6. ^ K. Singer, Pottery of the Early Roman Period from Betar, Tel Aviv 20, 1993, pp. 98-103.
  7. ^ אוצר מסעות - יהודה דוד אייזענשטיין Archived October 2, 2012, at the Wayback Machine.
  8. ^ Dauphin, 1998, p. 911
  9. ^ Hütteroth and Abdulfattah, 1977, p. 115
  10. ^ Robinson and Smith, 1841, vol 3, 2nd appendix, p. 123
  11. ^ Robinson and Smith, 1841, vol 2, pp. 324-325
  12. ^ Guérin, 1869, p. 387 ff
  13. ^ Socin, 1879, p. 148 It was also noted as located in the Beni Hasan district
  14. ^ Hartmann, 1883, p. 122 also noted 62 houses
  15. ^ Schick, 1896, p. 125
  16. ^ A Window on the West Bank, by Bret Wallach
  17. ^ Barron, 1923, Table VII, Sub-district of Jerusalem, p. 14
  18. ^ Mills, 1932, p. 37
  19. ^ Government of Palestine, Department of Statistics, 1945, p. 24
  20. ^ Government of Palestine, Department of Statistics. Village Statistics, April, 1945. Quoted in Hadawi, 1970, p. 56
  21. ^ Government of Palestine, Department of Statistics. Village Statistics, April, 1945. Quoted in Hadawi, 1970, p. 101
  22. ^ Government of Palestine, Department of Statistics. Village Statistics, April, 1945. Quoted in Hadawi, 1970, p. 151
  23. ^ Hans-Christian Rößler (2012年6月21日). “Palästinenserdorf Battir: Widerstand durch Denkmalschutz” (German). Frankfurter Allgemeine Zeitung. 2020年3月16日閲覧。
  24. ^ a b c Daniella Cheslow (2012年5月14日). “West Bank Barrier Threatens Farms”. Pittsburgh Post-Gazette. http://docs.newsbank.com/openurl?ctx_ver=z39.88-2004&rft_id=info:sid/iw.newsbank.com:AWNB:PPGB&rft_val_format=info:ofi/fmt:kev:mtx:ctx&rft_dat=13EC90164E2955F0&svc_dat=InfoWeb:aggregated5&req_dat=0D663DC0A81A15EA 2020年3月16日閲覧。 
  25. ^ a b c d e f West Bank barrier threatens villagers' way of life. BBC News. 2012-05-09. 2020年3月16日閲覧。
  26. ^ a b c Zafrir Rinat (2012年9月13日). “For first time, Israeli state agency opposes segment of West Bank separation fence”. Haaretz. 2020年3月16日閲覧。
  27. ^ Government of Jordan, Department of Statistics, 1964, p. 23
  28. ^ Perlmann, Joel (November 2011 – February 2012). “The 1967 Census of the West Bank and Gaza Strip: A Digitized Version”. Levy Economics Institute. 2020年3月16日閲覧。
  29. ^ 2007 PCBS Census Palestinian Central Bureau of Statistics. p.116. 2020年3月16日閲覧。
  30. ^ Palestine readying to propose Battir for UNESCO protection”. Ma'an News Agency (2013年2月1日). 2013年6月11日閲覧。
  31. ^ Clermont-Ganneau, 1899, pp. 463-470.
  32. ^ Britain Palestine Twinning Network. Archived September 27, 2007, at the Wayback Machine. 2020年3月16日閲覧。
  33. ^ a b c d A Palestinian Village Tries to Protect a Terraced Ancient Wonder of Agriculture. The New York Times. 2012-06-25. 2020年3月16日閲覧。
  34. ^ Threatened village proposed as next UNESCO world heritage site. Ma'an News Agency.
  35. ^ a b c d e f Evaluations of Nominations of Cultural and Mixed Properties to the World Heritage List (WHC-14/38.COM/INF.8B1.Add)” (PDF). 国際記念物遺跡会議(ICOMOS). pp. 7-15 (2014年). 2020年3月16日閲覧。
  36. ^ a b c d Daniella Cheslow (2013年6月10日). “Land for Peace in the Battle Over Millennia-Old Palestinian Farming Terraces”. Tablet Magazine. 2020年3月16日閲覧。
  37. ^ Ruth Michaelson (2013年3月12日). “Historic Palestinian village fights Israel's separation wall”. Radio France Internationale. 2020年3月16日閲覧。
  38. ^ a b “High Court freezes work on the security barrier in the Battir Valley”. THE JERUSALEM POST. (2015年1月4日). https://www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/High-Court-freezes-work-on-the-security-barrier-in-the-Battir-Valley-386641 2020年3月16日閲覧。 
  39. ^ “パレスチナ、ユネスコの加盟国に”. AFP. (2011年11月1日). https://www.afpbb.com/articles/-/2838446 2020年3月16日閲覧。 
  40. ^ “PNA intensifies efforts to add more sites to World Heritage list”. Xinhua News Agency. (2012年5月30日). http://docs.newsbank.com/openurl?ctx_ver=z39.88-2004&rft_id=info:sid/iw.newsbank.com:AWNB:WXNA&rft_val_format=info:ofi/fmt:kev:mtx:ctx&rft_dat=13F1D3FBE4FEBFB8&svc_dat=InfoWeb:aggregated5&req_dat=0D663DC0A81A15EA 2020年3月16日閲覧。 
  41. ^ DECISIONS ADOPTED BY THE WORLD HERITAGE COMMITTEE AT ITS 36TH SESSION (SAINT-PETERSBURG, 2012)” (PDF). 世界遺産センター(World Heritage Centre). pp. 151-153 (2012年). 2020年3月16日閲覧。
  42. ^ DECISIONS ADOPTED BY THE WORLD HERITAGE COMMITTEE AT ITS 38TH SESSION (DOHA, 2014) (WHC-14/38.COM/16)” (PDF). 世界遺産センター(World Heritage Centre). pp. 154-155 (2014年). 2020年3月16日閲覧。


「バティール」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  バティールのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「バティール」の関連用語

バティールのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



バティールのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのバティール (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS