ドゥブロヴニク ドゥブロヴニクの概要

ドゥブロヴニク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 05:14 UTC 版)

ドゥブロヴニク
市・基礎自治体
Grad Dubrovnik
ドゥブロヴニク旧市街の城壁


紋章
愛称: 
"Pearl of the Adriatic"(アドリア海の真珠), "Thesaurum mundi"(世界の宝)
1995年のドゥブロヴニクの地図
ドゥブロヴニク
クロアチアにおけるドゥブロヴニクの位置
北緯42度38分25秒 東経18度06分30秒 / 北緯42.64028度 東経18.10833度 / 42.64028; 18.10833座標: 北緯42度38分25秒 東経18度06分30秒 / 北緯42.64028度 東経18.10833度 / 42.64028; 18.10833
クロアチア
ドゥブロヴニク=ネレトヴァ郡
政府
 • 市長 Andro Vlahušić (CPP)
面積
 • 市・基礎自治体 21.35 km2
標高
3 m
人口
(2011)[1]
 • 市・基礎自治体 42,615人
 • 密度 2,000人/km2
 • 都市部
28,434人
等時帯 UTC+1 (CET)
 • 夏時間 UTC+2 (CEST)
郵便番号
20000
市外局番 020
ナンバープレート DU
ウェブサイト http://www.dubrovnik.hr/
プラツァ通り
スポンザ宮殿
ミンチェタ要塞
オノフリオの大噴水

1979年世界遺産に登録された旧市街は「アドリア海真珠」とも謳われる美しい町並みを誇る[5]。アドリア海沿岸でも傑出した観光地であり、多数のクルーズ船が寄港する他、地中海各都市とフェリーで結ばれドゥブロヴニク=ネレトヴァ郡の中心都市となっている。人口は2011年に行われた国勢調査で42,641人である。そのうち、約28,000人はドゥブロヴニク市街に居住している。2001年の国勢調査ではクロアチア人は住民の88.39%を占めていた。

ドゥブロヴニクは歴史的に海洋貿易によって栄えた都市で、中世ラグーサ共和国アマルフィピサジェノヴァヴェネツィアなどと共に5つの海洋共和国に数えられ、アドリア海ではドゥブロヴニクのライバルとなりうる都市国家ヴェネツィア共和国だけであった。巧みな外交術と豊富な富に支えられ15世紀から16世紀にかけてはとくに発展している。1970年代、恒久的に戦争による破壊から守るために非武装化されたが、1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う紛争でセルビア・モンテネグロ勢力によって7ヶ月間包囲(ドゥブロヴニク包囲英語版)され砲撃により多大な損害を蒙った。


  1. ^ Državni zavod za statistiku - Naslovna
  2. ^ a b ドゥブロブニク - コトバンク
  3. ^ クロアチア”. 世界の医療事情. 外務省. 2017年9月18日閲覧。
  4. ^ ドブロヴニク”. 東欧・中欧観光ガイド. 阪急交通社. 2017年9月18日閲覧。
  5. ^ ジブリ映画『紅の豚』の舞台とも言われる美しいリゾート地。”. VOGUE (2017年8月9日). 2018年3月11日閲覧。
  6. ^ Researches on the Danube and the Adriatic by Andrew Archibald Paton (1861). Contributions to the Modern History of Hungary and Transylvania, Dalmatia and Croatia, Servia and Bulgaria-Brockhaus Chapter 9. page 218
  7. ^ Naklada Naprijed, The Croatian Adriatic Tourist Guide, pg. 354, Zagreb (199), ISBN 953-178-097-8
  8. ^ Earthquake Monitoring and Seismic Hazard Mitigation in Balkan Countries by Eystein Sverre Husebye
  9. ^ Dalmatia and Montenegro: Volume 2 by Sir John Gardner Wilkinson
  10. ^ Nakon ulaska partizana u Dubrovnik u listopadu 1944.: Partizani pogubili hrvatske antifašiste | Izdvojeno | Glas Koncila”. Glas-koncila.hr. 2008年11月11日閲覧。
  11. ^ a b Srđa Pavlović. “Pavlovic: The Siege of Dubrovnik”. Yorku.ca. 2010年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年11月11日閲覧。
  12. ^ Joseph Pearson, 'Dubrovnik’s Artistic Patrimony, and its Role in War Reporting (1991)' in European History Quarterly, Vol. 40, No. 2, 197-216 (2010). [1]
  13. ^ (クロアチア語) Jezik, lingvistika i politika: Ilirski iliti slovinki jezik(2003年8月20日時点のアーカイブ
  14. ^ (イタリア語) Marzio, Scaglioni (1996年). “La presenza italiana in Dalmazia, 1866-1943”. Tesi di Laurea. Facoltà di Scienze politiche - Università degli studi di Milano. 2010年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月17日閲覧。
  15. ^ Transportation Rail”. Dubrovnik Online. 2009年6月20日閲覧。
  16. ^ Croatia to build a corridor through BiH instead of Pelješac Bridge New Europe 2012-05-12
  17. ^ Weather Information for Dubrovnik
  18. ^ Dubrovnik Weather Averages
  19. ^ Dubrovnik news
  20. ^ Croatian National Bank. Features of Kuna Banknotes Archived 2009年5月6日, at the Wayback Machine.: 50 kuna Archived 2011年6月4日, at the Wayback Machine. (1993 issue) & 50 kuna Archived 2011年6月4日, at the Wayback Machine. (2002 issue). – Retrieved on 30 March 2009.
  21. ^ Oliver, Jeanne. “Dubrovnik Sights”. Croatia Traveller. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  22. ^ Sponza Palace”. DubrovnikCity.com. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  23. ^ The Rector's Palace”. DubrovnikCity.com. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  24. ^ Franciscan monastery”. Dubrovnik Guide. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  25. ^ Franciscan Friary, Dubrovnik”. Sacred Destinations. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  26. ^ Church of St. Blaise, Dubrovnik”. Sacred Destinations. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  27. ^ Monuments (16 to 20)”. Dubrovnik Online. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  28. ^ Dominican Friary, Dubrovnik”. Sacred Destinations. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  29. ^ Oliver, Jeanne. “Dominican Monastery”. Croatia Traveller. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  30. ^ Monuments (21 To 22)”. Dubrovnik Online. 2010年2月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月16日閲覧。
  31. ^ 田中一生「世界遺産の中世都市」/ 柴宣弘編著『バルカンを知るための65章』明石書店 2005年 104ページ
  32. ^ 中島智章『世界で一番美しい天井装飾』エクスナレッジ、2015年、35頁。ISBN 978-4-7678-2002-6 


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