エナメル質
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人種による違い
エナメル質の人種による比較を報告した研究は少ないが、日本人とタイ人のエナメル質を比較した研究では、元素構成の割合や組織構造が異なり、タイ人のほうが組織の構造が明確で硬度が高いことが報告されている[81]。これは遺伝的なものではなく、環境的な要因による可能性が高いと考えられている[82]。
エナメル質の異常
遺伝・染色体異常
様々なタイプのエナメル質形成不全症(英語: Amelogenesis imperfecta) がある。遺伝性のものは低形成型(I型)、低成熟型(II型)、低石灰化型(III型)、タウロドント併発性低形成/低成熟型(IV型)の4通りに、非遺伝性の先天的なものはエナメル質減形成とエナメル質石灰化不全に分けられる[83]。最も一般的な低石灰化型は完全に石灰化していないもので、常染色体優性の遺伝疾患である[84]。結果、エナメル質は咬耗症や摩耗症などで容易に損耗し[85]、出てくる象牙質のために黄色く見える。低形成型はX染色体上のアメロゲニン遺伝子の異常[32] で、正常なエナメル質がほとんど形成されず、低石灰化型と同じような症状となる[84]。また、近年には Molar Incisor Hypomineralization (MIH) と呼ばれる第一大臼歯と切歯に限局して発生する原因不明のエナメル質形成不全の報告がなされている[83][86]。
局所的な要因
乳歯の根尖性歯周炎によるターナー歯や外傷による障害などによる、後続永久歯のエナメル質の障害がある[83]。
全身的な要因
低出生体重児への調査により、在胎月数が男では5.6から7.3か月、女では6.3から8.0か月で出生した場合に乳歯特に乳切歯のエナメル質形成不全や減形成が多いことが報告されている[87]。
胎児赤芽球症(英語: erythroblastosis fetalis) によって引き起こされる慢性のビリルビン脳症は幼児に多数の症状が現れる疾病である。その一つとして、エナメル質形成不全とエナメル質の緑色の着色を引き起こすことがある[88]。
造血性ポルフィリン症は体内でポルフィリンの沈着を引き起こす遺伝病である。この沈着がエナメル質でも発生し、赤い蛍光色となる[89]。
フッ素症は斑状菌を発生させ、露出部からフッ化物が出る[51]。
テトラサイクリン系抗生物質の妊婦への投与は胎児の形成中のエナメル質を黄色・黄褐色[90] - 茶色に着色させる[91]。このため、妊娠後半期の投与に注意が必要な薬であり[92]、妊婦への投与は必要性がない限りは行われない。
グルテンアレルギーが引き金となって起こる自己免疫疾患であるセリアック病もまた、エナメル質の脱灰を引き起こす。
動物のエナメル質
研究者達の調査により、人間と人間以外の哺乳類のエナメル質との間に違いはほとんどないということが示された。エナメル質の構造にほとんど違いはなく、エナメル器やエナメル芽細胞もヒトと同様に存在する[93]。エナメル小柱の横断面は動物により六角形、円形、長円形などを示す[94]。哺乳類間でのエナメル質の相違はわずかであるが重要である。形態、数、歯のタイプなどの点において確かな違いが存在する。
イヌは、唾液中のpHが8.0 - 9.0と非常に高く[95]、歯の脱灰を防ぎ再石灰化を促進させるので、人間に比べて虫歯になりにくい[96]。その一方、歯牙破折はしばしば認められ、特にガム、骨、チュウトイなどが原因で裂肉歯にてエナメル質と象牙質が剥がれるように破折することが多い[97]。外傷などにより歯が破折した時やう蝕になった場合、人間と同じように歯に修復物を詰めて治療することができる。この場合、全身麻酔下で一度に行う[95]。人間の歯と似ているため、イヌのエナメル質もテトラサイクリンによって着色される。したがって、若いイヌにテトラサイクリンが処方される場合、その危険性を説明しなければならない。また、人間同様エナメル質形成不全が発生する可能性もある[96][98]。ネズミは切歯の舌側面や臼歯の咬頭頂にはエナメル質を持たず、また、ウサギやモルモットでも切歯の舌側面にエナメル質が存在しない[36]。ウマでは、エナメル質と象牙質がかみ合っているが、これは強さを高め、摩耗を減らす働きがある[99]。
哺乳類以外で後生動物の中で歯にエナメル質を持つ生物としては、硬骨魚類、両生類、爬虫類が存在する(軟骨魚類はエナメロイド)。爬虫類や魚類の多くはエナメル質の構造が哺乳類と異なり、小柱構造を持たない類エナメル質と呼ばれることもある[36]。また、エナメル質を持たないサワラやヒラメや、歯の発生において象牙質より先にエナメル質が作られる鯛のようなものも魚類の中に存在する[36]。
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