Group soundsとは? わかりやすく解説

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グループ‐サウンズ

《(和)groupsoundsエレキギター中心に数人編成されたポップスグループ。昭和40年代流行GS


グループ・サウンズ

(Group sounds から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/04 04:38 UTC 版)

グループ・サウンズ(またはグループ・サウンド和製英語group sounds)は、エレクトリック・ギターエレキ・ベースなどの電気楽器を中心に数人で編成される、演奏および歌唱を行うグループ。欧米におけるベンチャーズビートルズローリング・ストーンズなどのロック・グループの影響を受けたとされ、1967年昭和42年)から1969年(昭和44年)にかけて日本で大流行した。略称GS


注釈

  1. ^ 黒沢進 『日本ロック紀GS編』シンコー・ミュージック、1994年、123頁。ただし発表当時は、グループ・サウンズという概念は完成しておらず、寧ろインストゥルメンタルの演奏を中心とした「エレキバンド」が幅を利かせていた時期である。黒沢進によれば、この曲に対する当時の世間の評価は「エレキバンドが歌も唄いましたよ」という程度ではなかったか、という(黒沢進『熱狂! GS図鑑』「フリフリ」曲紹介の項より)。
  2. ^ ジュリアン・コープ『ジャップロック サンプラー』2007年、90頁。このコープの採用した説の起源は米ローリングストーン誌1969年3月1日号「Rockin' in the Land of the Rising Sun」という記事が原典となっている。
  3. ^ ヒット曲を手がけた作家で作詞家には橋本淳なかにし礼など、作曲家、編曲家には村井邦彦筒美京平、鈴木邦彦、川口真、すぎやまこういちなどが挙げられる。
  4. ^ 横浜が本拠地だったゴールデン・カップスは、ヤード・バーズなどのブルース・ロックや、ソウル、R&Bなどをライブで演奏した。エミー・ジャクソンの『涙の太陽 (Crying in a storm)』(のちに安西マリアがカバー)は英語で歌われた。
  5. ^ GSブームの終焉後は、演歌歌手やアイドル系ポップス歌手が長髪にする例も出たことから、NHKでもなし崩し的に長髪の男性歌手の出演が解禁され、GSでは解散したグループをわざわざ再結成の上で出演させることがあった。
  6. ^ こうした一連の出来事もあって「オックスはGSブームの終わりを早めた」との評価もあるが、後年ヴォーカルだった真木ひでと(野口ヒデト)は「僕は逆に(GSブームを)一年半延ばしたと思いますね」と語っている(アルバム『オックス・コンプリート・コレクション』・ジャケット内掲載のインタビュー等より)。
  7. ^ 大半のグループが曲数の差こそあれ、シングル盤の発売のみ、またはアルバム発売へと至らず、アルバムの構想が持ち上がるも立ち消えとなったグループが含まれる。
  8. ^ ゴールデン・カップスやモップス、ハプニングスフォーなどは、GSブーム末期からニューロックへと変貌を遂げ、また1971年から1972年にかけGS残党組によってPYGなどのニューロックのグループが結成された。
  9. ^ 筒美作曲の「ロマンティックが止まらない」を指している。
  10. ^ 前身はロカビリーの、岡田朝光とザ・キャラバンが、GSになった。岡田は後に「あなたのブルース」の矢吹健のマネージャーに。
  11. ^ 串田アキラがこのザ・ボルテイジにヴォーカリストとして在籍していたとする説があるが、『日本ロック紀GS編』150頁によれば、串田は1967年3月に、横浜の「バームス」というバンドから、ボルテイジの前身となるバンド(バンド名不明)の結成に参加したものの、同年10月にそのバンドを抜けた、とある(このバンドが「ザ・ボルテイジ」として正式に活動を始めるのは、翌1968年2月からである)。これに関しては串田本人も、公式サイトで「ボルテイジに所属していた事実はありません」とコメントしている[1]
  12. ^ のち、藤田はトライアングル・プロの社長を務めた(カルトGSコンプリート・シングルズ4、解説より。発売元テイチクエンタテインメント)。
  13. ^ a b フィリピン人のGS。

出典

  1. ^ http://music-calendar.jp/2017032001
  2. ^ J-POPの歴史「1984年と1985年、ニューミュージックから新世代へ」
  3. ^ テンプターズ Music-calendar.jp. 2023年3月24日閲覧
  4. ^ 黒沢進『日本ロック紀GS編』シンコー・ミュージック、1994年、114頁。
  5. ^ 『同窓会コンサート』真木ひでと
  6. ^ a b 中村俊夫 (2015年12月13日). “「GSバッシング」の真っ只中で行なわれたザ・タイガースのチャリティー・コンサート。”. 大人のミュージックカレンダー. 2017年7月9日閲覧。
  7. ^ http://www.toho-a-park.com/gsage/gsand60s.html
  8. ^ http://plaza.rakuten.co.jp/ruzerukabu/diary/200904120003/
  9. ^ 昭和39年の俺たち p.82 2024年3月29日発売号(クレジットは5月号名義)
  10. ^ http://music-calendar.jp/2017031901
  11. ^ 沢田研二、萩原健一、堺正章ら生んだグループサウンズブームが60’s音楽シーンに与えた衝撃と衰退の原因とは | ラジトピ ラジオ関西トピックス
  12. ^ 押川義行 (1975年1月26日). “スペシャル スターインタビュー 萩原健一 やってますネ 賞独り占め 演技者 『結婚 カゴの鳥になるようでヤなんです』”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社): p. 12 
  13. ^ http://music-calendar.jp/2015081901
  14. ^ 黒沢進 『日本ロック紀GS編』 シンコー・ミュージック、1994年、185-187頁。
  15. ^ 昭和39年の俺たち p.78.p.79 2024年3月29日発売号
  16. ^ a b c GSコレクション、ビクター編
  17. ^ 昭和39年の俺たち p.81 2024年3月29日発売号
  18. ^ 辻幸多郎 編「千葉真一とザ・サタンズ誕生」『GS グループ・サウンズ 1965〜1970』 NEW SOUNDS GROUP、近代映画社、2013年12月25日、111頁。ISBN 476482390X 
  19. ^ 「追跡ルポ / チバシンのモーレツ24時間」『月刊平凡』第25巻第8号、平凡出版、1969年8月5日、81頁。 
  20. ^ 昭和39年の俺たち p.83 2024年3月29日発売号
  21. ^ 昭和39年の俺たち p.80 2024年3月29日発売号
  22. ^ a b GS(グループ・サウンズ)シーンがここにもあった!“アジアのGS(グループ・サウンズ)”をナビゲート、asianbeat、2008年11月22日。


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