1945–1955: 戦後期
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「SKラピード・ウィーン」の記事における「1945–1955: 戦後期」の解説
第二次世界大戦終戦の数ヵ月後には再びオーストリア・ブンデスリーガが開催され、SKラピード・ウィーンが戦後初のシーズンを優勝で終える。 クラブ創設50周年を迎えた1949年にはブラジルへの記念遠征が行われた。ブラジル到着直後のCRヴァスコ・ダ・ガマ戦では0-5で敗戦したが、その後のサンパウロFC(4-2)とアトレチコ・パラナエンセ(7-2)戦では勝利を収め、SCコリンチャンス・パウリスタとは引き分けた(2-2)。 1951年には「ツェントローパカップ」という名称で復活したミトローパ・カップの準決勝で イタリア・セリエAの SSラツィオを5-0で破り決勝に進出。オーストリア勢同士の対戦となった決勝戦では当時存在したSCヴァッカー・ウィーンを3-2で破り優勝を決めた。決勝点を決めたのは後に監督としてUEFAチャンピオンズカップを2度制することになるエルンスト・ハッペルであった。 UEFAチャンピオンズカップが開催される1955年までは数多くの国際親善試合が行われ1953年にはイングランド王者のアーセナルFCを6-1で破るなど好結果を残した。
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