魏の覇権 (前403年-前354年)
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「戦国時代 (中国)」の記事における「魏の覇権 (前403年-前354年)」の解説
戦国時代の初期に覇権を握ったのは、晋から分離したうちの一つの魏である。魏が周王朝より諸侯として正式に認められたときの魏の文侯は積極的に人材を求め、李克・呉起などを登用して中山国の都を陥落させるなど、魏を最強国とした。子の武侯の時代にも覇権は続き、さらにその子の恵王の時代には、諸侯の間で初めて王の称号を使うなど、強勢を誇った。 魏が強勢となれたのは、魏の支配領域が周代より文化の中心地とされた中原の中央であり、最も開発が進んだ地域であったからであった。それは一方では周辺諸国からの侵攻を受けやすいということでもあり、開発の余地が無いということでもあった。後方に広大な未開発地帯を持つ斉や秦などが台頭してくると、魏は覇権の座から滑り落ちることとなる。
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