馬出の形・分布
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 01:56 UTC 版)
馬出の形は、丸馬出・角馬出・不整形の馬出に分類される。 丸馬出 角馬出 東北地方から北海道渡島半島までの範囲では、少なくとも27カ所の中世城館の馬出が所在することが確認されている。 東国(関東甲信越・東海)における戦国期の馬出の分布は、丸馬出の分布がほぼ武田氏の勢力圏に重なり、角馬出が後北条氏の勢力圏に多く分布している。 東海地方においては、丸馬出は尾張・三河・遠江・駿河と満遍なく分布しているが、角馬出は尾張と東三河、駿河に多く分布する。 北陸地方においては、越中・加賀・越前・若狭・飛騨の各地域の分布の濃炎はさほど変わらない。能登には現存しないが、甲山城の外郭ラインの外側には方形区画がかつて存在し(現在は耕地整理で消滅)、小丸城には”馬出”という地名が残っており、ここにも馬出が存在した可能性が残る。 戦国・織豊期における近畿及び周辺の馬出は、その多くが福井県と滋賀県に分布し、織豊政権の城が中心、一部が朝倉氏か一向一揆の城となっている。 中国・四国・九州地方には馬出がほとんどない。
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