青二塾入塾以降の私生活
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 04:03 UTC 版)
青二塾に通い始めた頃心臓を患う父の容態が悪くなり、当時の恋人との会話中にそのことを話した。すると彼から「お父さんのためにも近い内に結婚しよう」と告げられ、急遽結婚が決まった。緒方の花嫁姿を見た父は、「唯一の親孝行をしてくれた」と喜び、後日亡くなった。 その後主婦業をしながら青二塾に通ったが、卒業後はオーディションや仕事上の用事が増えて家庭に割く時間が削られた。『幽☆遊☆白書』のオーディションで初めて役をもらうと今後の生活がさらに忙しくなると分かり、夫と話し合って半年後に離婚した。 最初の離婚後は、実家にほど近い文京区根津のアパートで一人暮らしを始めた。1998年に事務所を退所してフリーになり、豊島区(西武池袋線の椎名町駅近く)に2DKのマンションと個人事務所を借りて再出発するも心労が重なり、2000年に休業。 しかしほどなくして実家が借金まみれになっていること知って実家の家族を支援するため、結局自身のマンションと個人事務所を解約し、休業を切り上げて働かざるを得なくなった。実家の借金やビルなどの問題は、(2022年の)数年前になんとか片付いた。
※この「青二塾入塾以降の私生活」の解説は、「緒方恵美」の解説の一部です。
「青二塾入塾以降の私生活」を含む「緒方恵美」の記事については、「緒方恵美」の概要を参照ください。
- 青二塾入塾以降の私生活のページへのリンク