開設と閉園の経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/15 23:58 UTC 版)
「阿波大正浪漫 バルトの庭」の記事における「開設と閉園の経緯」の解説
2005年の映画撮影の際、鳴門市などが協力する形で、鳴門市板東にロケセットが建設された。撮影終了後の2006年3月から2年間の限定という形で、「BANDOロケ村~歓喜の郷」の名称で有料の施設公開がおこなわれた。これは市が地元のボランティアの協力を得て実施され、市の予想を上回る23万人の来場者があった。地元からは公開の継続を求める声があり、閉鎖2週間後の2008年4月から地元のNPOが市と運営委託契約を結んで公開を再開した。しかし、地権者との関係や立地の問題(河川敷上であった)、さらに建物の安全性を理由に市側は2009年3月以降の契約延長を認めず、2009年2月に再び閉鎖された。 鳴門市側は別の土地への移築による保存をNPOに提案し、NPO側が少し離れた場所の土地を確保した上で移築がおこなわれた。この移築に際して、実際の収容所で使用された兵舎(バラッケ)1棟も敷地内に移築保存されることとなった。2010年4月25日にオープン。 2015年、施設の設置・運営に協力してきた地権者が「一定の地域活性化の役割は果たした」として閉園を運営者に申し入れ、5月6日限りで約5年の歴史に幕を下ろした。施設等の今後については未定としている。2015年12月9日から2016年1月24日まで期間限定で再公開された。
※この「開設と閉園の経緯」の解説は、「阿波大正浪漫 バルトの庭」の解説の一部です。
「開設と閉園の経緯」を含む「阿波大正浪漫 バルトの庭」の記事については、「阿波大正浪漫 バルトの庭」の概要を参照ください。
- 開設と閉園の経緯のページへのリンク