長興寺 (前橋市)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/23 14:00 UTC 版)
長興寺(ちょうこうじ)は、群馬県前橋市茂木町にある曹洞宗の寺院である。愛知県豊川町の妙厳寺(豊川稲荷)の末寺にあたる。また、長興寺も大胡町堀越(前橋市)の永龍寺や伊勢崎市の天増寺などの末寺を持つ)。なお、大胡藩主牧野家が越後長岡藩に転封された際、当寺の僧の天室恵鏡が同行して長岡城下(現在の新潟県長岡市)に普嶽山長興寺を建てている[2]。
- ^ 「能仁」は「釋迦(如來)」の漢訳。
- ^ 参考文献の1、14頁。
- ^ 長茂は牧野康成の老臣で徳川家康の直参旗本に抜擢され、慶長6年(1601年)には大名(伊勢崎藩主1万石)に列した→参考文献の2、390頁。
- ^ 参考文献の1、1頁。
- ^ 参考文献の1、6頁・22頁。
- ^ 参考文献の1、23-24頁。
- ^ 遺言「…(前略)…されど吾旅に死すとも後世旅に病む者に力を与うべし」によるという、その碑文は、「赤羽三蔵宗忠、生国武州仲辻村人、為予禮徳仁義師也、于時宝永二酉正月二十四日夜於病死、従是当北林葬長興寺仁」(赤羽三蔵宗忠、生国は武州仲辻村の人、予(かね)て礼徳・仁義の師なり、時に宝永2年(1705年)酉、正月二十四日夜病死するに於いて、是より当北林の長興寺に葬る)→参考文献の1、25頁。
- 1 長興寺 (前橋市)とは
- 2 長興寺 (前橋市)の概要
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