鑑定と修復
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/19 17:49 UTC 版)
「叛逆天使の墜落 (ブリューゲル)」の記事における「鑑定と修復」の解説
本作が現在の所蔵館であるブリュッセルの王立美術館に持ち込まれたのは1846年のことで、当初は「地獄のブリューゲル」の二つ名で知られた同名の長男小ピーテル(ピーテル・ブリューゲル2世)の作品と考えられ、500フランで購入された。その後、怪物の描写の類似からヒエロニムス・ボスの作品と鑑定された時期もあったが、19世紀末に額縁の下から「M.D.LXⅡ BRVEGEL」 の年記と署名が発見され、大ピーテルの作品であることが判明した。その後、20世紀初頭に修復作業が行われたが、この際にミカエルの両脇の白衣の天使の部分が明るく洗浄されすぎて、全体の調和が崩れてしまったとも懸念されている。ブリューゲルの没後400年に当たる1969年には再び調査及び洗浄作業が行われ、表面に塗り重ねられたワニスの層を除去して本来の豊かな色調を取り戻すと共に、ブリューゲルの単純で軽妙でありながらしっかりとした筆致を確認することができるようになった。
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