謝肉祭に関する考察
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/20 17:36 UTC 版)
謝肉祭に関して、各界の研究者から以下の様な論が表されている。 ジェームズ・フレイザーは『金枝篇』の中で、懺悔の火曜日や灰の水曜日に謝肉祭人形が焚殺される理由について、古代イタリアで行われた樹木の精霊の受肉者であるネーミの司祭殺害の儀式と同じく、春の始まりに謝肉祭の擬似人格である人形を殺し、復活・再生後の豊穣を約束してもらう儀礼的意味があると考えた。 エドマンド・リーチはエミール・デュルケームの『聖俗論』を下敷きに、都市部の謝肉祭における仮面舞踏会のような乱痴気騒ぎは、正常な社会生活に対する社会的役割を転倒させたパフォーマンスであるとし、俗から聖への移行を象徴的に表現したものと考えた。 ヴィクター・ターナーはリーチの論を承け、謝肉祭を「地位転倒の儀礼」と呼んだ。謝肉祭は集団や社会が自らを見つめなおす時であり、社会全体で反省する作用を持っていたが、その効力は資本主義の発達とともに薄れていったと説いた。
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