誘拐と解放
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/03 14:29 UTC 版)
「ジョヴァンニ・ルイージ・モンカダ」の記事における「誘拐と解放」の解説
1797年夏、ジョバンニはパレルモからナポリへの航海の途中、ウスティカの近くで待ち伏せしていた海賊に捕まった。その際船にはナポリの友人へ持っていく為の宝石や馬などが積み込まれており、それを略奪されたほか自身も捕虜としてチュニスに連行された。 連行後、ナポリ王国の外交官が解放交渉に当たったが難航。その後、イギリスやフランス、スペインなど大国の介入があり30万スペイン・エスクードの身代金と引き換えにジョバンニは解放された。しかし現実的に現金で支払えたのは6万エスクードまでであり、残りの24万エスクードの身代金は分割での支払いをする事で合意した。1802年までに、ジョバンニは身代金の支払いのために貴族としての領地の一部を抵当に入れて身代金を捻出している。
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