蜻蛉遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/12 07:26 UTC 版)
谷塚古墳群で唯一発掘された遺跡である。古墳時代の遺構として、4世紀のものとみられる方形周溝墓3基、6世紀のものとみられる周囲20.2mの円墳1基(蜻蛉古墳)、溝跡5条、土坑8基、ピット2基が発見されている。方形周溝墓からは壺・甕・高坏・瑪瑙の勾玉・切子玉が、古墳の周溝からは土器、紡錘車が出土した。1号方形周溝墓は推定一辺14m、2号方形周溝墓は調査区に一部が入っていたのみで規模は不明、3号方形周溝墓は推定一辺26.4mの規模である。平安時代の遺構としては井戸跡2基、溝跡3条、土坑5基が発見され、そこから土師器、須恵器が出土した。中近世の遺構としては井戸跡10基、掘立柱建物跡2棟、土坑3基、溝跡14条、神社跡1ヶ所が発見され、井戸跡から擂鉢、石臼、板碑、漆塗椀、曲物などの木製品が出土した。また、出土品から東海地方西部の人々が水田開発に関わっていたことが窺える。
※この「蜻蛉遺跡」の解説は、「谷塚古墳群」の解説の一部です。
「蜻蛉遺跡」を含む「谷塚古墳群」の記事については、「谷塚古墳群」の概要を参照ください。
- 蜻蛉遺跡のページへのリンク