藝備銀行の設立とは? わかりやすく解説

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(新)藝備銀行の設立

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/14 04:51 UTC 版)

広島銀行」の記事における「(新)藝備銀行の設立」の解説

1920年代1930年代県下銀行整理統合進められ結果、「勧農合併法」に基づき広島県農工銀行日本勧業銀行統合され1937年3月時点で、県下本店をおく銀行藝備銀行の他には呉銀行備南銀行三次銀行広島合同貯蓄銀行の4行を残すのみとなった。 そして戦時期に入ると「一県一行政策のもと、大蔵省日本銀行斡旋仲介によって残る5行の合併すすめられ合併条件新銀行の役員人事決定はすべて大蔵省委ねられた。第二次世界大戦末期1944年12月には5行による新銀設立覚書交換され、翌1945年4月25日には、(新)藝備銀行の新立合併が認可された。そして、4月27日創立総会経て5月1日に新立合併(発足)・開業となったが、この時点での資本金30,700,000円であり、本店には旧藝備銀行紙屋町本店当てられた。これにより県下本店をおく普通銀行当行ただ一つ整理されることとなったが、備南地域営業圏についていえば、世界恐慌期にこの地を本拠地とするいくつかの銀行が、最終的に岡山市本店をおく中国銀行発足1930年)に向かう動き合流していたため、備南銀行継承する藝備銀行中国銀行支店網入り組む地域となった

※この「(新)藝備銀行の設立」の解説は、「広島銀行」の解説の一部です。
「(新)藝備銀行の設立」を含む「広島銀行」の記事については、「広島銀行」の概要を参照ください。

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