翰林院とは?

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かん りんいん -ゐん [3]林院

中国、唐中期以降、主に詔書起草に当たった役所738年設けられた翰林学士院は皇帝直属機関として、唐・宋代通じて政治的重要性をもった。元・明清代では、官撰史書編集などに当たった。学士院翰苑。 → 画院
文章院もんじよういん)の唐名


翰林院

読み方:カンリンイン(kanrin’in)

中国、唐中期以降、主に詔書起草に当たった役所


翰林院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/26 08:52 UTC 版)

翰林院(かんりんいん、満州語:bithei yamun)は、玄宗開元26年(738年)に設けた翰林学士院がその起源で、唐代中期以降、主に詔書の起草に当たった役所のことをいう。元代には国史院と統合されて、翰林国史院と呼ばれていた[1]が、明代には旧に復した。大順では弘文館と呼ばれた。清代では、いわば皇帝直属の秘書室となり、書物の編纂、詔勅の起草などを行った。貯才の地ともいわれ、有為な人材を確保し、勉強や実務の見習をさせ、必要があるときに中央官庁や地方の要職に任命する。


  1. ^ モンゴル帝国には既にウイグル人による必闍赤(Bichikchi)と呼ばれる翰林院と同じ役目を果たす役所が存在したため翰林院を置く理由がなかった。そのため、中国歴代王朝にあった翰林院再興に尽力した王鶚はウイグルにはなかった「正史編纂」を口実として翰林院再興をフビライ・ハーンに勧めた。その経緯から、既存の必闍赤と併置する形で翰林国史院が設置されたのである(道上峰史「元朝翰林国史院考」(所収:『明代史研究会創立三十五年記念論集』、汲古書院、2003年))。


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