縄文人と弥生人と古墳人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 23:01 UTC 版)
従来までの説としては、縄文時代から始まる縄文文化を持ち狩猟採集生活をしていた先住民の縄文人に続き、半島からの渡来してきた弥生文化を持つ弥生人が稲作をもたらすなどしながら混血していったという1991年に東大名誉教授だった埴原和郎が唱えた「二重構造モデル」が長らく定説であった。しかし最新のゲノム分析からこの説は覆された。 金沢大、鳥取大、アイルランド・ダブリン大などの教授、研究員らで構成される国際共同研究グループの最新のゲノム解析では、旧石器時代に大陸から渡ってきた千人ほどの小さな集団が日本列島に適応して縄文人となり、弥生時代までに北東アジアを起源とする弥生人が渡来し、続いて古墳時代までに東アジアを起源とする古墳人が渡来し、以後、混血融和しながら現在の日本人を形成していったとする「三重構造モデル」である。考古遺跡から発見されている人骨から採取された『縄文人』『弥生人』『古墳人』のDNAは『現代日本人』に直接受け継がれている。現代日本人では古墳人のゲノムが7割近くを占める。しかし、今後の研究次第では更に「三重構造以上」になる可能性もある。
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