級数論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/13 12:00 UTC 版)
フーリエ級数の生みの親であるフーリエは現代的厳密さでフーリエ級数の収束を研究しておらず、このためラグランジュはフーリエの論文掲載に抵抗したといわれるが、当時は級数の収束判定は困難な問題であった。オイラーやガウスですら多少であれば級数論に取り組んでいるものの一般の級数の収束に関する研究はなく、はじめて一般の級数の収束問題を論じたのはボルツァーノやコーシーらであるが、彼らの級数収束に対する理解ですら現代から見れば不完全な部分が残り、完璧ではなかったといえる。それほどまでに重要な問題を解析学に投げかけたのである。 級数の収束の厳密化は解析学の基礎付けに必須であり、フーリエ級数の収束問題の十分条件を与えたディリクレの論文 は解析学の歴史において、その厳密化の一歩を踏み出した貴重なものであるといえるであろう。
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