第1装甲師団 (ドイツ連邦陸軍)とは? わかりやすく解説

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第1装甲師団 (ドイツ連邦陸軍)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/27 06:08 UTC 版)

第1装甲師団
創設 1956年7月1日
所属政体 ドイツ
所属組織 ドイツ連邦陸軍
部隊編制単位 師団
兵種/任務/特性 機甲部隊
所在地 ニーダーザクセン州 ハノーファー
上級単位 陸軍指揮司令部
第1ドイツ=オランダ軍団
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第1装甲師団ドイツ語1. Panzerdivision)は、ドイツ連邦陸軍師団のひとつ。ニーダーザクセン州ハノーファーに師団司令部を置き、隷下部隊をシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ニーダーザクセン州テューリンゲン州ノルトライン=ヴェストファーレン州およびバイエルン州に駐屯させている。

非公式名称として介入戦力師団(Division Eingreifkräfte)がある。

師団規模は2個旅団を基幹に直轄支援部隊を擁し、人員は約18,500人で現在のドイツ連邦陸軍では唯一冷戦時代の編制を維持している師団でもある。また、本師団は頻繁に介入戦力de:Eingreifkräfte)の主要構成要素部隊として指定される。これ以外に、ドイツが国家間連合軍を組織する場合、連合緊急対応軍団第1ドイツ=オランダ軍団に配備される。

概要

本師団の基本的任務はドイツ連邦共和国の国際的義務の履行することにある。このため本師団は北大西洋条約機構および欧州連合の下部組織である、北大西洋条約機構即応部隊および欧州連合戦闘群に提供・配備される。これ以外には第1ドイツ・オランダ軍団への戦力提供や陸軍指揮司令部de:Heeresführungskommando)の指揮下で活動する事もある。

師団は任務に対応するため訓練を監督する。さらに、大災害対処や予備役兵の提供も含まれる。多国間軍事作戦のため、平和維持活動などに参加できるよう部隊は最適化され、師団は良質な装備や資材をもって、機動性の高い装甲車両や火力を迅速に提供できる。

歴史

第1次編制

本師団は、ドイツ連邦陸軍の創設に合わせて設立される。1956年7月1日に国境警備隊北部司令部下で第1猟兵師団として編制され、ハノーファーに司令部をおいた。基幹部隊は第1と第21擲弾兵大隊から成るA1戦闘群(ハノーファー)、第11と第31擲弾兵大隊から成るB1戦闘群(ハンブルク)および第1砲兵連隊、師団直轄部隊は第1通信大隊、第1戦車大隊、第5偵察大隊、第1工兵大隊、第1防空大隊で構成された。1957年に師団はNATOに結合される。1958年にB1戦闘群はB6戦闘群に改編され、第6装甲擲弾兵師団の母体と成る。

第2次・第3次編制

1959年7月1日に陸軍の構造改革のため師団名が第1装甲擲弾兵師団に改称・改編された。これによりA1戦闘群は第2装甲擲弾兵旅団に成る。その後、師団は3個旅団制となり、第1装甲擲弾兵旅団第2装甲旅団第3装甲旅団および第1砲兵連隊、直轄部隊は第1通信大隊、第1防空大隊、第1装甲偵察大隊、第7砲兵大隊、第1補給中隊、第1衛生大隊、第410整備大隊で構成され、更に1960年には第1軍楽隊が配備される。

第4次編制

1981年、第1装甲師団に改称・改編され、第1装甲擲弾兵旅団(ヒルデスハイム)、第2装甲旅団(ブラウンシュバイク)、第3装甲旅団(ニーンブルク)、第1防空砲兵連隊(ハノーファー)および第1砲兵連隊で構成された。

冷戦終結後

1994年に部隊の合併が開始され、装甲師団は第2防衛管区司令部が新組織として第1装甲師団 / 第2防衛管区司令部に成る。防衛管区との合併に伴い野戦軍と郷土防衛軍と合わせて人員22,000人まで拡大した。1994年から1995年にかけて第2および第3装甲旅団は解散した。2001年には合併段階作業は中断する。第1防衛管区(沿岸防衛)が組織され、旧組織の第2防衛管区の任務を引き継いだ。

師団は「将来の陸軍」により次のようになった。第1装甲擲弾兵旅団、第9装甲旅団、第8装甲旅団(非現役部隊)、司令部中隊、第1砲兵連隊、第1工兵連隊、第1防空連隊、第1後方支援連隊、第1通信大隊、第3装甲偵察大隊、第1軍楽隊および第1司令部中隊で構成された。師団は約10,000人規模となる。また、師団は第1ドイツ=オランダ軍団に部隊を提供した。

2001年、師団はコブレンツ陸軍指揮司令部の隷下に入る。2007年末には第1装甲擲弾兵旅団と第9装甲教導旅団の一部が解散される。これに伴い下位部隊は改編され、第100工兵旅団、第100防空旅団、第100砲兵旅団および陸軍部隊旅団(de:Heerestruppenbrigade)で構成された。師団は改編により新しい体制となり、連邦軍は展開部隊師団の名称を与える。

実働任務

災害救助
1962年の1962年洪水でハンブルクに災害出動(de:Sturmflut 1962
1975年8月のリューネブルガーハイデ火災(de:Brand in der Lüneburger Heide
1978年から1979年の冬期における雪害
オドラ川洪水 (1997年)(de:Oderhochwasser 1997
エルベ川洪水 (2002年)(de:Elbehochwasser 2002
国外派遣
師団からはこれまでに、カンボジアボスニア・ヘルツェゴビナコソボマケドニアアフガニスタンおよびクウェートに兵士を派遣している。師団は国外での任務に通算で7,650人以上を派遣しており、第10次SFOR/KFOR、第7次ISAF/カブール、第3次ISAF/クンドゥズ、2004年11月から2005年5月までの不朽の自由作戦がある。第1装甲師団は先導師団としての役割があり、派遣編成の準備と展開前の訓練が義務付けられている。

部隊編成

師団は2010年後半期に再編成される。改編は進行中で、第3後方支援大隊と工兵部隊は介入部隊に指定される。

  • 師団司令部中隊 在ハノーファー
  • 第9装甲教導旅団 在ムンスター
    • 旅団司令部中隊 在ムンスター
    • 第33戦車大隊 在ノイシュタット
    • 第93戦車教導大隊 在ムンスター
    • 第92装甲擲弾兵教導大隊 在ムンスター
    • 第325装甲砲兵大隊 在ムンスター
    • 第141後方支援大隊 在ノイシュタット
    • 第90偵察中隊 在ムンスター
    • 第90装甲工兵中隊 在ムンスター
  • 第21装甲旅団 在アウグストドルフ
    • 旅団司令部中隊 在アウグストドルフ
    • 第203戦車大隊 在アウグストドルフ
    • 第212装甲擲弾兵大隊 在アウグストドルフ
    • 第215装甲砲兵大隊 在アウグストドルフ
    • 第7後方支援大隊 在ウンナ
    • 第210偵察中隊 在アウグストドルフ
    • 第200装甲工兵中隊 在アウグストドルフ
  • 第1通信連隊 在ローテンブルク
  • 第1軍楽隊 在ハノーファー
  • 第3偵察教導大隊 在リューネブルク
  • 第3後方支援大隊 在ローテンブルク
  • 第6防空教育連隊 在リュティエンブルク
  • 第7特殊武器防護大隊 在ヘクスター
  • 第110特殊武器防護中隊 在ゾントホーフェン
  • 第100砲兵連隊 在ミュールハウゼン
  • 第100工兵連隊 在ミンデン
  • 第610防空教育中隊 在パンカー

歴代師団長

氏名 着任 離任
1 ヴィリー・マンティー陸軍准将
Willi Mantey
1956年7月1日 1957年3月31日
2 パウル・ライヒェルト陸軍少将
Paul Reichelt
1957年4月1日 1959年3月31日
3 ブルクハルト・ミュラー=ヒレブラント陸軍少将
de:Burkhart Müller-Hillebrand
1959年4月1日 1961年3月15日
4 ヴィルヘルム・マイヤー=デトリング陸軍少将
Wilhelm Meyer-Detring
1961年3月16日 1963年9月30日
5 アントン・デトレフ・フォン・プラト陸軍少将
Anton Detlev von Plato
1963年10月1日 1966年9月30日
6 クラウス・シューベルト陸軍少将
Klaus Schubert
1966年10月1日 1970年3月31日
7 ホルスト・ヒルデブラント陸軍少将
de:Horst Hildebrandt
1970年4月1日 1972年12月14日
8 ハンス=ヨアヒム・ローザー陸軍少将
Hans-Joachim Löser
1972年12月15日 1974年9月30日
9 ヴィルヘルム・ガルケン陸軍少将
Wilhelm Garken
1974年10月1日 1977年9月30日
10 クリスチャン・シューネマン陸軍少将
Christian Schünemann
1977年10月1日 1979年9月30日
11 ハインツ・カッシュ陸軍少将
Heinz Kasch
1979年10月1日 1983年3月31日
12 ヘニング・フォン・オンドラツァ陸軍少将
de:Henning von Ondarza
1983年4月1日 1985年4月30日
13 ヘルゲ・ハンゼン陸軍少将
de:Helge Hansen
1985年5月1日 1987年9月30日
14 ハルトムート・ベーレント陸軍少将
Hartmut Behrendt
1987年10月1日 1991年3月31日
15 エルンスト・リッシンナ陸軍少将
Ernst Lissinna
1991年4月1日 1994年3月31日
16 ハルトムート・ベーレント陸軍少将
Hartmut Behrendt
1994年4月1日 1994年9月
17 ゲルト・シュルツェ=ローンホフ陸軍少将
de:Gerd Schultze-Rhonhof
1994年10月 1996年3月
18 クリスチャン・ヘルウィッグ陸軍少将
Christian Hellwig
1996年4月 1999年
19 ホルスト・フェルスター陸軍少将
Horst Förster
2000年 2002年9月30日
20 カール・アッカーマン陸軍少将
Karl Ackermann
2002年10月1日 2005年
21 ヴォルフ=ディーター・ラングヘルト陸軍少将
de:Wolf-Dieter Langheld
2005年 2008年12月18日
22 マルクス・クナイプ陸軍少将
de:Markus Kneip
2008年12月19日 2012年5月31日
23 カルステン・ヤーコプソン陸軍少将
de:Carsten Jacobson
2012年6月1日 2014年5月28日
24 ヨハン・ランゲネッガー陸軍少将
de:Johann Langenegger
2014年5月28日

脚注

参考文献

  • 『PANZER』1979年1月第43号、サンデーアート
  • 『PANZER』1988年10月第176号、サンデーアート

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