福井新聞社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 14:07 UTC 版)
福井新聞社は社屋が全壊・全焼し、印刷工場も焼失したため、地震発生当日の発行は不可能となった。編集業務は翌29日から開始し、印刷・発行は金沢市の北国毎日新聞社が代行した。県内は交通網が寸断されたため、金沢に派遣される編集局員たちは大聖寺まで徒歩で行き、そこから列車に乗って金沢に向かった。印刷した新聞は、社員および販売店員を動員した人海作戦を展開し、大聖寺駅から福井の本社まで人の足で運ばれた。 同年9月中旬から本社新社屋の建設工事が進められ、代行印刷は12月23日(24日付の紙面)に終わり、24日(25日付の紙面)から自社印刷を再開した。
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