相馬恵胤とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 相馬恵胤の意味・解説 

相馬恵胤

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/18 09:41 UTC 版)

1941年の出征前、妻の雪香と子供たちと共に撮影

相馬恵胤(そうま やすたね、大正2年(1913年3月9日 - 平成6年(1994年1月4日[1])は、旧陸奥相馬中村藩主の相馬子爵家32代当主。相馬孟胤の子。妻は尾崎行雄の三女雪香。子に相馬和胤

学習院高等科を経て、1941年東京帝国大学文学部倫理学科卒業後、宮内庁事務官になった。昭和11年(1936年)2月に父孟胤が死亡したのちに相続。競走馬の馬主となり、日本馬主協会連合会第8代会長となる。相馬市に二の丸球場や長友グラウンドなどを寄贈した。また、相馬野馬追の振興に大きく貢献し、相馬市名誉市民になった。

脚注

  1. ^ 平成新修旧華族家系大成』上巻(霞会館、1996年)p.774

参考文献

相馬市公式HP(名誉市民)

関連項目

日本の爵位
先代
相馬孟胤
子爵
中村相馬家第4代
1936年 - 1947年
次代
華族制度廃止
先代
上田清次郎
日本馬主協会連合会 会長
1985 - 1989
次代
山本愼一



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「相馬恵胤」の関連用語

相馬恵胤のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



相馬恵胤のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの相馬恵胤 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS