目録作成の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 22:46 UTC 版)
古代中国においては、春秋戦国時代、すでに竹木を用いて作られた書物(木簡・竹簡)や布で作られた書物(帛書)が多く流通し、宮廷の図書館には数多くの図書が所蔵されていたと考えられる。秦の始皇帝の際、焚書が行われて民間の図書の多くが失われた。しかし、漢代に入ると、武帝が宮廷の蔵書が不全であったことに危機感を覚えて書籍収集の方針を立てたほか、河平3年(紀元前26年)には成帝によって本の収集が命じられ、大きな効果を上げた。 なお、劉向・劉歆以前の段階で当時の学術の全体的な状況を描いた著作としては、『荀子』非十二子篇、『韓非子』顕学篇、『荘子』天下篇、『呂氏春秋』不二篇、『史記』太史公自序などがあるが、これらは当時存在した学派について記した著作であり、書物・文献を中心に構成された学術史ではない。
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