皇朝銭の終わりとは? わかりやすく解説

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皇朝銭の終わり

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 21:41 UTC 版)

皇朝十二銭」の記事における「皇朝銭の終わり」の解説

こうして、民間での、政府発行する銅銭への信頼失墜してしまい、使用されなくなった乾元大宝発行されたあと、朝廷弱体化もあり、銅銭発行されなくなったその後日本では11世紀初頭をもって貨幣使用記録途絶え、米や絹などの物品貨幣経済へと逆戻りしてしまう。ただし畿内などでは300年かけて形成され金属貨幣そのもののに対す需要が完全に無くなったではなく贓物盗難品)の被害額をした贓物勘文沽価法などの公定価格決定には貨幣換算よるもの用いられてきた。やがて経済発達すると、中国から輸入した宋銭、元銭、明銭などが用いられるようになった皇朝十二銭発行されなくなってから、長い間日本では鋳貨幣は作られなかった。銅銭の公鋳の再開は、皇朝十二銭600年上後1608年慶長13年)に鋳造され慶長通宝あるいは1627年寛永4年)の寛永通宝鋳造まで待つこととなる。

※この「皇朝銭の終わり」の解説は、「皇朝十二銭」の解説の一部です。
「皇朝銭の終わり」を含む「皇朝十二銭」の記事については、「皇朝十二銭」の概要を参照ください。

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