町の名称
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モロッコ・アラビア語では「小さな城」を意味し、 l-Qṣərṣ-ṢġirまたはKsar Sghirと表記される。「小さな」とは、さらに南にあるクサール・エル・ケビール(英語版)(「大きな城」の意)と区別するためのものである。 スペイン語の名としては、これを翻訳したCastillejoが使われたが、現在ではAlcázar SeguirまたはAlcázarseguirと訳される。 ポルトガル語でこれに相当するのはアルカサル・セグル(Alcácer-Ceguer)である。 かつてのムラービト朝とムワッヒド朝では、軍がモロッコからイベリア半島に向かう途中の重要な乗船港だったため、Qasr al-Majaz、Ksar al-Majar、またはKsar al-Djawaz(「途中の城」の意)と呼ばれていた。 イスラム教徒によるこの砦の他の名称は、11世紀の地理学者アブー・ウバイド・バクリーによるal-Qasr al-Awwal ( 『第一の城』)と13世紀の歴史家アブデルワヒッド・アル・マラカスヒ(Abdelwahid al-Marrakushi)によるKsar Masmuda (『マスムーダ城』)があり、後者は地元のベルベル人の部族のマスムーダ(英語版)に由来する。 古代の名は、リッサおよびエキシリッサ(ギリシャ語: Ἐξίλισσα )で、これは、エドワード・リピンスキー(英語版) の推測では、フェニキア人の居留地の名であるḤiqまたはḤeq-še-Elišša (『ディードー湾』の意)が生き残ったことを示す。ただし、プリニウスとリピンスキーが示す古代の居留地はさらに東に位置しており、ベンス(英語版)に近い。 中世ギリシア語の名前はExilýssa ( Εξιλύσσα )である。
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町の名称
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/02 16:35 UTC 版)
フロリナの町のビザンツ帝国時代の名称であるフレリノン(Χλέρινον/Chlérinon)は、ギリシャ語の"χλωρός/chlōrós"(新鮮な、あるいは緑色の植物)に由来する。ビザンツ帝国時代末期になると、しばしばラテン語でフロリノン(Florinon)と表記されるようになった。これは、ラテン語の"flora"(植物)と関連付けられている。オスマン帝国時代初期にはフレリナ(Chlerina)とフロリナ(Florina)の両方が使用されたが、17世紀以降になると、しだいにフロリナ(Florina)の方が一般的となった。 別の説によると、現代のフロリナの名称は"χλωρός"のギリシャ語マケドニア方言の形である"φλωρός(florós)"から来ているとも言われている。 また、セルビア語でのこの町の名称のレリン(Лерин/Lerin)は、ビザンツ帝国時代のギリシャ語名のフレリノン(Χλέρινον/Chlérinon)から頭の"χ"が落ちたのだと言われている。
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