由来と位置
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/19 13:46 UTC 版)
この地区は、1889年(明治22年)3月31日まで存在した、成瀬村(鶴間・小川・金森・高ヶ坂の4村と合併し南村となる)の村域であり、周辺地区名もこの村名から取られている。ただし、成瀬駅は旧成瀬村の南西端に近く、隣接する旧小川村・旧金森村・旧高ヶ坂村まで歩いて10分ほどの距離であるのに対し、旧成瀬村の北端まで約1時間を要する。元来の成瀬村の中心地は、成瀬街道沿いの町田消防署成瀬出張所・東京都立成瀬高等学校・東雲寺などの辺りであった。 成瀬駅および成瀬駅北側の地名は南成瀬である。これだけ見ると成瀬駅の北側が南成瀬というのはおかしな感じであるが、南成瀬とは旧成瀬村の南部地区という意味合いであり、成瀬駅南側は成瀬が丘という駅開設後に付けられた地名である。 相原 - 八王子間の駅を除くと、横浜線の駅では当駅と町田駅だけが飛び地のように東京都の駅となっている。 また東神奈川方面の隣の駅である長津田駅からは横浜市内となるため、特定都区市内制度が適用される行先であれば、当駅からの乗車券を購入するよりも、当駅~長津田駅間と長津田~行先駅間を分割して購入したほうが乗車券が安くなる場合がある。
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