物語2
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 04:20 UTC 版)
続いてソクラテスが披露した話は、リュシアスの話を問答風にしたような話で、内容も同じく「恋をしている者」を非難するものだった。 昔ある求愛者が多い若者に恋をしていた男が、自分は恋をしていないのだと相手に信じ込ませつつ、ある日「恋していない者に身をまかせるべき」だと説得を始める。 男はまず議論を成果あるものにするには「議論の対象の本質」が何であるかを知っておかねばならないとして、「恋」についての検討を始める。そして我々の中には先天的な「快楽への欲望」と、後天的な「最善を目指す分別・理性」という2種類の力があり、両者が争った場合、「分別・理性」が勝てば「節制」と呼ばれ、「欲望」が勝つと「放縦」と呼ばれる。「放縦」にはその欲望の対象に応じて様々な名前が与えられるが、「肉体の美しさ」に対する欲望が「恋」(エロース)と呼ばれる、と述べる。 続いて、その「恋」の定義に基づいて、まずは「恋をしている者」の検討が始められ、リュシアスの話と同じように、「恋をしている者」は恋人を自分より弱く劣った、貧しく孤独な、自分に依存し、自分が支配できる存在へと仕上げたがる「有害」な存在で、さらにそれが年の離れた老齢の男ともなれば「不愉快」な存在ともなり、また恋が冷めて正気を取り戻し打算的になれば約束を反故にする「不実」な存在ともなるとして、非難を加える。 ここまで話をしたところで、ソクラテスはニュンペー(ニンフ)たちに取り憑かれて正気を失いつつあるとして話を止め、残りの話は先程の話の逆で「恋してない者」には様々な「善い」点がある、というものだと簡潔に述べ、さっさと川を渡って帰ろうとする。 パイドロスが、まだ正午で暑いので日が落ちて涼しくなるまで待ちがてら話を続けようと引き止めている際に、ソクラテスは、今しがた例の「ダイモーンの合図」があって、「神聖なものに対して罪を犯しているから、その罪を清めるまではここを立ち去ってはならない」と命令され、その罪とはおそらく神であるエロースを自分たちの2つの話で冒涜した不敬虔のことだと言い出す。 そしてエロースに対する罪を清める「取り消しの詩」(パリノーディア)を捧げて償いをするとして、3つ目の話を始める。
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