津綟子のはじまり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/11 19:59 UTC 版)
いつ頃から生産が始まったのかは詳細は不明だが、文献に見える最古の記録は1713年(正徳3年)の資料『綟職につき八町太兵衛願書写』に、1594年(文禄3年)の太閤検地に関して「綟子屋年貢仲間上納仕」とあり、すでに16世紀末にはかなり生産が行われていたことが確実とされる。 1646年(正保3年)の取引資料『走井土佐守綟子代銀請取覚』に「合綟子四拾也、右之代百六拾目也、清水もしや四郎兵へ殿まいる」とあり、旧・安濃郡に属する清水村(現・津市安濃町清水)からの納入が示されている。この「もじや四郎兵衛」は後に「御用綟子屋」として栄えた古川家で、明治時代末に廃業するまで続いていた。 1656年(明暦2年)の『勢陽雑記』には、「綟子は安濃郡の村々、村主、阿濃、内田、太田などいふ村にて織ることを専とす。津八町 清水村にて染むる事を得たり」とあり生産の広がりがわかる。
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