洋食の誕生
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 03:33 UTC 版)
洋食は幕末から明治時代初期に日本人の食卓に徐々に現れたもので、元々は日本在住の西洋人のため西洋料理店が開発したといわれている。 それらの店で下働きした日本の料理人たちは、のちに日本各地で自分の店を開き、西洋料理(洋食)を広めた。また日本の陸海軍は、その建軍においてヨーロッパの列強国軍(主にフランス軍・イギリス軍)に範を取ったため、早くから西洋式の料理を給食や野戦糧食に取り入れていた。こうして徐々に日本人に知られるようになった西洋料理は、従来の日本の食事(和食)に対して「洋食」と呼ばれるようになった。古い例では、1882年(明治15年)、福澤諭吉が著作の『帝室論』の中で「洋食」の語を使っている。 それまで日本人は一般的に獣肉食を忌避していたため(ただし、山間部などでは狩猟と肉食がそれなりに行われていた)、牛肉や豚肉を主体とする西洋料理には大きな抵抗感があった。しかし明治政府が国民の体格向上のため肉食を奨励したり、明治天皇が自ら牛肉を膳に上せられたという新聞報道などもあり、庶民のあいだでも牛鍋などの形で徐々に肉食が始まった。
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