沼尻鉱山
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/25 10:05 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動沼尻鉱山 | |
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所在地 | |
所在地 | 耶麻郡猪苗代町 |
都道府県 | ![]() |
国 | ![]() |
座標 | 北緯37度37分40.7秒 東経140度15分30.4秒 / 北緯37.627972度 東経140.258444度座標: 北緯37度37分40.7秒 東経140度15分30.4秒 / 北緯37.627972度 東経140.258444度 |
生産 | |
産出物 | 硫黄 |
歴史 | |
閉山 | 1968年 |
所有者 | |
企業 | 日本硫黄株式会社 ⇒株式会社日本硫黄観光鉄道 ⇒磐梯急行電鉄株式会社 |
取得時期 | 1907年 |
プロジェクト:地球科学/Portal:地球科学 | |
沼尻鉱山(ぬまじりこうざん)は、福島県猪苗代町にかつて存在した硫黄鉱山である。
安達太良山の西側斜面を鉱区としており、江戸時代には会津藩と二本松藩が権利を争った。明治時代に入り、民間による開発が進むと開発は盛んになり、噴火による被害を乗り越え、一時は年間一万トンを超える硫黄を産出する規模となった。1900年の噴火では鉱山に火砕流が到達し、多くの死者を出している。採掘された硫黄の搬出のために沼尻鉄道が敷設され、その終点である沼尻駅へは、鉱山から索道で硫黄が輸送されていた。しかし、1960年代に入ると石油精製の副産物由来の硫黄が市場に流通、価格が急落し閉山を余儀なくされている。
歴史
- 1888年(明治21年)7月:欧米式の精錬方式を導入して採掘が活発化。沼尻鉱山発祥の地(沼ノ平)にて硫黄精錬開始。
- 1900年(明治33年)7月:安達太良山大噴火。火砕流が採掘場を襲い死者72名、負傷者10名の被害が発生。採掘事業が一時停止する。
- 1906年(明治39年):採掘再開。
- 1907年(明治40年)4月:日本硫黄株式会社設立。精錬所を移設。
- 1908年(明治41年):沼尻鉄道の軌道敷設を開始(後の磐梯急行電鉄)。
- 1913年(大正2年)5月:官設鉄道岩越線川桁駅 - 沼尻駅間の沼尻鉄道全線開通。
- 1964年(昭和39年)6月:株式会社日本硫黄観光鉄道に社名変更。
- 1967年(昭和42年)8月:磐梯急行電鉄株式会社に社名変更。
- 1968年(昭和43年)6月:沼尻鉱山閉山。
その他
関連項目
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