横井時般とは? わかりやすく解説

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横井也有

(横井時般 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 04:35 UTC 版)

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横井 也有
『國文学名家肖像集』(1939年)より
生誕 元禄15年9月4日1702年10月24日
死没 天明3年6月16日1783年7月15日
改名 辰之丞・孫右衛門
別名 野又、野有、暮水、蘿隠、螻丸、永言斎、知雨亭
戒名 並明院殿朝雲暮水大禅定門
墓所 西音寺(愛知県愛西市)
主君 徳川継友宗春宗勝
尾張藩
氏族 横井氏
父母 父:横井時衡、母:石川正相娘(本名不明)
尾張藩士下条庄右衛門孝正娘
横井孫右衛門番時、横井只四郎時完、岩田八郎右衛門室
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横井 也有(よこい やゆう)は、江戸時代武士国学者俳人

経歴

元禄15年(1702年)、尾張藩で御用人や大番頭を務めた横井時衡の長男として生まれ、幼名は辰之丞、通称は孫右衛門といった。は時般(ときつら)、別号に永言斎・知雨亭など。横井氏は北条時行の流れを組む家柄と称する。

26歳にして家督を継いだ後は用人、大番頭、寺社奉行など藩の要職を歴任。武芸に優れ、儒学を深く修めるとともに、俳諧は各務支考の一門である武藤巴雀、太田巴静らに師事、若い頃から俳人としても知られ、俳諧では、句よりもむしろ俳文のほうが優れ、俳文の大成者といわれる多芸多才の人物であったという。同じ尾張藩士で絵師として知られた内藤東甫とは俳画で度々合作しているほか、東甫による也有の肖像画なども残る[1]

元禄赤穂事件について、『野夫談』では「吉良殿は切り懸かられても手出しもせず、相手の切腹も願はれもせねば、仇とせぬは知れたこと」[2]と吉良は長矩の仇などでなく恩人[3]だという極論を述べている。

宝暦4年(1754年)、53歳にして病を理由に隠居した後は、前津(現在の中区上前津一丁目)の草庵・知雨亭に移り住み、天明3年(1783年)に82歳で没するまで、俳文漢詩和歌狂歌茶道などに親しむ風流人として暮らした。

横井也有と大田南畝

也有の『鶉衣』は大田南畝により刊行されているが、その経緯について南畝は鶉衣の序文に記している。安永の初め頃、たまたま長楽寺に立ち寄った南畝はそこで也有の「借物の弁」を目にし、「余りに面白ければ写し帰」ったという。それ以降、尾張出身者に会う度に也有のことを尋ね、漸くその著作を目にする機会が訪れたが、その時すでに也有は亡くなっていた。南畝は也有の作品がこのまま埋もれてしまうのは惜しいと思い、自らの手で刊行することとした。こうして『鶉衣』が世に出ることになったのである。

健康十訓

横井也有が提唱したとされる健康になるための十訓(中国にも健康十訓が存在)[4]

一.少肉多菜
二.少酒(または少糖)多果
三.少車多歩
四.少欲多施
五.少衣多浴
六.少煩(または少憂)多眠
七.少言多行
八.少塩多酢
九.少食多噛
十.少憤多笑

著作

  • 鶉衣(俳文集)
  • 蘿葉集・垤集(句集)
  • 漏桶(連句集)
  • 管見草(俳論)
  • 蘿隠編(漢詩文)
  • 行々子(狂歌集)

「鶉衣」に記された也有の句のひとつ「化物の正体見たり枯尾花」は「幽霊の正体見たり枯尾花」と変化して広く知られている。

脚注

  1. ^ 横井也有画像”. 文化遺産オンライン. 2015年5月18日閲覧。
  2. ^ 『日本思想大系』426ページ
  3. ^ 義央の主張する「乱心」を認めれば、情状酌量で長矩は死罪にはならない。
  4. ^ 上村 克郎「蘊蓄玉手箱第九回」『Finex』第103巻第17号、日本建築仕上学会、2005年、 42-43頁、 doi:10.14820/finexjournal.17.103_42

関連項目

  • 赤目城 - 先祖の横井時永が築いた城。
  • 西音寺 (愛西市) - 先祖の横井時朝が創建した寺院。
  • 東山動植物園 - 也有にちなんだ「也有園」がある。

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