構造と現状
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/04 02:28 UTC 版)
大森城は、最高地点を中心とした主郭(本丸)、北端の北館、主郭南にある南館という北から南に向かって配置された比較的規模の大きい3つの郭を中心とした構造といえる。主郭部分も北半分と南半分では多少の段差があり、この北側の高い場所が城主の館であったといえるだろう。主郭の南側には空堀と土塁が残る。 しかし、城跡は公園化によってかなり改変されており、これらがどこまで続いていたかは不明である。また、南館は現在、雑木林と畑作地となっており、改変はされているが、遺構の名残を確認することはできる。特に北東部分の帯郭の入り組みから判断して虎口がここに存在したことが推察できる。北館部分は現在主郭から展望台にかけて緩やかな傾斜地となっているが、これは公園化に伴うものであるといえる。 現在、信夫公民館裏から城山観音堂を経由して北舘まで登る道があるが、この道が大手口と思われる。また、北舘の麓の民家の道路側に水路が残されているが、これは大森城の水堀の名残と思われる。なお、展望台の建設にあたり、平成5年(1993年)に北舘北端部が発掘調査され、16世紀に比定される瀬戸産の陶磁器が出土したという。主郭部分の東にある城山古墳は丘陵の麓にあったものを昭和45年(1970年)に移築復元したもので、城とは直接関係はない。
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