森脇将光とは? わかりやすく解説

森脇将光

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/06 07:42 UTC 版)

森脇 将光(もりわき まさみつ、1900年1月17日 - 1991年6月2日)は、日本の実業家。


  1. ^ 東急グループの総帥である五島昇は、日本経済新聞『私の履歴書』の中で、“(1951年頃、経営危機にあった)東映が借金していた高利貸しの一人に森脇将光氏がいた。高利貸しだから「血も涙もない」と思い込んでいたら、こちらが必要資金を用意できると彼は「元金だけ返してください。利子は棒引きしましょう」と言ってきた。「高利貸しは人の小銭を集めて運用するのが商売だから、元金だけ返さなければならない。利子は仲介のブローカーが夜逃げした格好でなしにしますから、夜逃げ代に百万円出してください」という。一風変わった高利貸しだなあ、面白い高利貸しもいるんだなあ、と私は感心した。その後、私は森脇氏とはつきあうことはなかったが、森脇氏のお陰で少しは助かったようで、父(五島慶太)はしばらくつきあいを続けていたようだった。”と回顧している(1989年3月9日付日本経済新聞)
  2. ^ ちなみにこのスキャンダルが元で、千葉銀行は長らく日銀出身者が頭取を勤めることになる。
  3. ^ 判決後、森脇は「東京地検特捜部がでっちあげた森脇主犯説は崩れ去った。私はこの11年間、陽炎のごとき起訴事実で苦しめられた。私は現代の巌窟王だ」と叫んだ。
  4. ^ 作家の松本清張は、「吹原産業事件で、森脇氏が念書を偽造したことについて私はいまだに釈然としない」と語り、森脇のスケープゴート説を唱えていた(1991年6月3日付朝日新聞)。
  5. ^ ベッドの上で夕食中に食べ物を喉につまらせたため、家族が救急車を呼んで代々木病院に運んだ。しかし、そのときには意識はほとんどなく、病院についてまもなく息を引き取ったという。

出典

  1. ^ 『田中角栄・真紀子の税金逃走』p.88
  2. ^ 『田中角栄・真紀子の税金逃走』p.107
  3. ^ 『田中角栄・真紀子の税金逃走』p.79
  4. ^ 「黒金念書は全部偽造 森脇・吹原をまた追起訴」『日本経済新聞』昭和40年7月20日 15面
  5. ^ 「吹原、森脇ら実刑確定 吹原産業事件」『読売新聞』1980年8月30日
  6. ^ 「宇野元代議士と森脇氏の大喪恩赦決まる」『読売新聞』1989年12月23日
  7. ^ 1994年11月10日付『朝日新聞』夕刊
  8. ^ 小田光雄『古本探求2』


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