桂ひな太郎とは? わかりやすく解説

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桂ひな太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/24 07:27 UTC 版)

桂 ひな太郎(かつら ひなたろう)は、芸人の名跡。この項では当代について記述する。


当代 かつら ひな 太郎 たろう
Katsura Hinatarô
本名 武藤 むとう 幸男 ゆきお
生年月日 (1952-09-08) 1952年9月8日(72歳)
出身地 日本群馬県
師匠 三代目古今亭志ん朝
九代目桂文楽
名跡 1. 古今亭志ん坊
(1977年 - 1981年)
2. 二代目古今亭志ん上
(1981年 - 2001年)
3. 桂ひな太郎
(2002年 - )
出囃子 越後獅子
活動期間 1977年 - 2001年
2002年 -
活動内容 落語家
配偶者 あり
所属 落語協会
(1977年 - 1978年)
落語三遊協会
(1978年)
落語協会
(1978年 - 2001年
2002年 - )
公式サイト いんふぉめーしょん 桂ひな太郎
受賞歴
NHK新人演芸コンクール最優秀賞(1988年)
第13回国立演芸場花形演芸大賞(1993年)

桂 ひな太郎(かつら ひなたろう、1952年9月8日 - )は、群馬県安中市出身の落語家落語協会所属。本名∶武藤 幸男出囃子∶『越後獅子』。

経歴

1977年3月、三代目古今亭志ん朝に入門し、前座名「志ん坊」を名乗る。

1981年9月に二ツ目昇進、「古今亭志ん上」と改名。1988年、「NHK新人演芸コンクール」最優秀賞を、1993年1月に第13回国立演芸場花形演芸大賞を受賞。

1993年9月に古今亭菊寿入船亭扇海柳家喜多八三代目入船亭扇蔵三遊亭若圓歌四代目柳亭市馬柳家さん生柳家はん治全亭武生と共に真打昇進。

2001年夏に一身上の都合で廃業。同年10月1日に師匠志ん朝が死去するが、翌年9月に師匠志ん朝の友人だった九代目桂文楽門下で落語家に復帰。「ひな太郎」を名乗る。

芸歴

人物

自称、落語界の坂東玉三郎、または病み上がりの舟木一夫と称している。

「志ん上」時代に師匠の古今亭志ん朝とともに、サントリーモルツTVCMに出演している[1]

九代目桂文楽三遊亭鬼丸と共に池袋演芸場特選会で「落語会さきがき」を開催している。

新宿末廣亭のひな太郎のめくり(板)の裏は、柳家喜多八である[2]

演目

参考文献

脚注

  1. ^ 志ん朝師匠のCMに自分を見つけました!!”. ひなぶろぐ. 桂ひな太郎 (2011年12月8日). 2020年6月11日閲覧。
  2. ^ 金原亭世之介 (2019年11月13日). “新宿末廣亭 11月中席昼の部”. 世之介のそばにおいでよ. ameba blog. 2025年1月14日閲覧。

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