桃月庵雛太郎とは? わかりやすく解説

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桃月庵雛太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/13 16:50 UTC 版)

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桃月庵 雛太郎(とうげつあん ひなたろう)は、芸人の名跡。この名は、桃月庵、桃月亭、桂、柳亭などさまざまな亭号が使われている。代々音曲師や色物の芸人が名乗った名前である。

桃月庵雛太郎

  • 初代 桃月庵 とうげつあん 雛太郎 ひなたろう生没年不詳
  • 2代目 桃月庵 とうげつあん 雛太郎 ひなたろう(生没年不詳)
    • 初め2代目入船扇蔵の門で入船春の助。後に初代雛太郎の門で花太郎から雛太郎となった。
  • 桃月庵 とうげつあん 雛太郎 ひなたろう - もう1人か2人いた模様だが、つまびらかならず。

桃月亭雛太郎

桃月亭 とうげつてい 雛太郎 ひなたろう
本名 矢代 米作
生年月日 不詳年
没年月日 不詳年
師匠 五代目柳亭左楽
名跡 1.柳亭芝鶴
(不詳)
2.柳亭左鶴
(? - 1917年)
3.桃月庵雛太郎
(1917年 - 1930年頃)
活動内容 音曲師

桃月亭 雛太郎(生没年不詳)本名:矢代 米作。

  • 日露戦争に従軍し片足を失ったが、明治30年代末に戦友だった初代柳亭芝楽に拾われ入門。芝鶴を名乗り、のち明治の末に、師匠芝楽が5代目左楽を襲名したのをきっかけに左鶴となる。さらに1917年2月に桃月亭雛太郎となる。
  • なまりがひどく、落語家の大成をあきらめて音曲師に転向した。追分節を得意とした。1930年頃の柳連・睦会の番付まで名前が確認できる。

柳亭雛太郎

柳亭 りゅうてい 雛太郎 ひなたろう
本名 斉藤 庸司
生年月日 1916年
没年月日 1956年4月1日
師匠 五代目柳亭左楽
名跡 1.柳亭要
(? - 1946年)
2.柳亭雛太郎
(1946年 - 1956年)
活動内容 小噺
寄席踊り
操り踊り

柳亭 雛太郎1916年 - 1956年4月1日)本名:斉藤 庸司。

  • 最初は吉原の幇間(太鼓持ち)。
  • 戦後まもなく五代目柳亭左楽の門で柳亭 要(りゅうてい かなめ)となる。
  • 1946年に柳亭雛太郎と改名。
  • 売り物は小噺、寄席踊り、雷門五郎をまねた袴を身にまとっての「操り踊り」。
  • 戦後まで活動し、師匠左楽とともに上方の戎橋松竹に出演するなどした。

桂雛太郎

脚注

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注釈

出典

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