東横映画~松竹へ
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1950年(昭和25年)5月6日に公開された伊藤大輔監督の『われ幻の魚見たり』を最後に大映を去り、同年、東横映画でおなじく伊藤監督の『レ・ミゼラブル あゝ無情 第一部 神と悪魔』、マキノ正博監督の『レ・ミゼラブル あゝ無情 第二部 愛と自由の旗』を経て、松竹京都撮影所に移籍した。移籍第1作はやはり伊藤監督の『おぼろ駕籠』で、同作は1951年(昭和26年)1月13日に公開された。 56歳になる1962年(昭和37年)、大曾根辰夫監督、市川猿之助主演の『義士始末記』をもって引退した。その3年後、1965年(昭和40年)10月5日に肺がんのため、京都市西京区の病院で死去した。満59歳没。
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