村国志我麻呂
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/10 06:55 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動村国 志我麻呂(むらくに の しがまろ)は、奈良時代の貴族。名は志賀麻呂とも記される。姓(カバネ)は連。贈外小紫・村国男依の子。位階は従五位上。
経歴
文武朝の霊亀2年(706年)壬申の乱の功臣の子息に賜田が行われた際、志我麻呂は小依(男依)の子息としてこれに名を連ねた(この時の位階は従六位下)。元正朝の養老2年(718年)従六位上から三階昇進して従五位下に叙爵する。
神亀3年(726年)聖武天皇の播磨国印南野(明美台地)への行幸にあたって、行宮を造営するために門部王・多治比広足らとともに造頓宮司に任ぜられた。天平3年(731年)に従五位上に至る。
官歴
『続日本紀』による。
- 時期不詳:従六位下
- 霊亀2年(706年) 4月8日:賜田
- 時期不詳:従六位上
- 養老2年(716年) 1月5日:従五位下
- 神亀3年(726年) 9月27日:造頓宮司
- 天平3年(731年) 1月27日:従五位上
参考文献
固有名詞の分類
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