李鐘山とは? わかりやすく解説

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李鐘山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/19 08:44 UTC 版)

李鐘山
리종산
生年月日 1922年
出生地 中華民国
没年月日 (2011-07-23) 2011年7月23日(89歳没)
死没地  朝鮮民主主義人民共和国
出身校 中央保安幹部学校
所属政党 朝鮮労働党
称号 金日成勲章共和国英雄
第1級国旗勲章

当選回数 4回
在任期間 1990年4月 - 2011年7月23日
最高指導者 金日成1948年 - 1994年
金正日(1994年 - 2011年

その他の職歴
軍需動員総局長
1995年5月 - 不明)
朝鮮反帝闘士老兵委員会委員長
2005年4月 - 2011年7月23日
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李鐘山
各種表記
チョソングル 리종산
漢字 李鐘山
発音 リ・ジョンサン
日本語読み: り しょうざん
英語表記: Ri Jong-san
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李 鐘山(リ・ジョンサン、朝鮮語: 리종산1922年 - 2011年7月23日)は、朝鮮民主主義人民共和国軍人政治家。軍需動員総局長、朝鮮反帝闘士老兵委員会委員長、最高人民会議代議員などを歴任。朝鮮人民軍における軍事称号(階級)は次帥。金日成の副官として抗日パルチザン活動に参加したことから、「抗日パルチザン世代」に分類される[1]

経歴

1922年中国で生まれた[2]。11歳の時に抗日組織の東北抗日聯軍に入隊し[2]金日成の副官を務めた[2]。中央保安幹部学校卒業[2]1965年7月朝鮮人民軍陸軍第2軍団参謀長に就任した[2]1990年4月最高人民会議第9期代議員に選出された[2]1992年に大将に昇進し[2]1995年に軍需動員総局長に就いた[2]1997年に次帥に昇進し[2]2005年4月に朝鮮反帝闘士老兵委員会委員長に就いた[2]。同年5月9日ロシアモスクワで開催された対独戦勝60周年記念式典に北朝鮮代表団の団長として参加した[3][2]

2009年3月8日に実施された最高人民会議第12期代議員選挙で、金正日総書記が立候補した選挙区で投票したことが報じられると、それから動静が途絶え[2][4]2011年7月23日に死去[2][1]金正日総書記から花輪が贈られた[1]

脚注

  1. ^ a b c 北리종산 차수 사망…김정일 애도화환 보내 聯合ニュース 2011年7月25日
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 리종산(李鐘山)북한지역정보넷
  3. ^ 【噴水台】少年団 中央日報 2005年5月4日
  4. ^ 金正日, 第333選挙区で100%賛成当選 デイリーNK 2009年3月9日



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