愛唱歌にまつわるエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/09/04 08:59 UTC 版)
「長崎県立奈留高等学校」の記事における「愛唱歌にまつわるエピソード」の解説
分校時代には福江島にある五島高等学校の校歌を歌っていたが、歌詞が奈留島にはそぐわないものであった。1974年(昭和49年)当時在学中だった2年生の女子生徒がラジオの深夜番組『オールナイトニッポン』の「あなただけのイメージソングを作ります」コーナーあてに「校歌を作ってほしい」と手紙を出し、当初は加藤和彦が担当したが、郵便事故でテープが届かなかった。その1ヵ月後荒井由実(現・松任谷由実)が代わりに担当することになった。それが「瞳を閉じて」となって贈られ、校歌にはならなかったものの、現在でも愛唱歌として卒業式などで歌い継がれている。そのエピソードは1976年(昭和51年)4月12日放送のNHKのドキュメンタリー番組『新日本紀行』(「歌が生まれてそして~長崎県奈留島~」)で紹介され反響を呼んだ。この曲が高校の音楽の教科書に掲載されることを記念し、1988年(昭和63年)8月14日に卒業生など約600人の寄付によって校門の隣に歌碑が建てられ、除幕式には松任谷由実も出席した。この曲は荒井由実のアルバム『MISSLIM』、同時発売のシングル『12月の雨』のB面に収録されている。なお、「憧れのハワイ航路」など数々のヒット曲で知られる作詞家の石本美由起は、『新日本紀行』で紹介されたこのエピソードに感動して校歌の作詞を手掛けたという(奈留高校公式ウェブサイトより)。
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